第32話 甥に思われていた

 ヤガとは要塞都市に馬車や荷物を預けた施設で合流する。

 昨日通った関門とは別の門で書類を見せる。昨日とは打って変わって、すんなり通された。

 名前やら所属やら泊まっている宿やら荷馬車を預けた施設やら、昨日の段階で記入してある。要塞都市内で荷馬車を預けたときに店員にサインして貰い、宿に帰ったときにまたサインして貰った。そうして、この書類はワンシーズン限定で通行手形として機能する。晩冬に発行されたこれは、夏前まで使える。

 荷馬車の預け先の欄はキギ・コナ商会の所属だから記入が必要だが、一般の旅人だとまた書類も違う。

 ヤガ曰く、「商団所属の方が信用度は高いよ。何かあったらウチの評判に関わるから、面倒事はやめてね」と、やんわり口調で直接的に釘を刺された。

 本人が記載しなければならない箇所もあり、字が書けるようにと配慮してくれた旦那様のお陰で問題なく作成出来た。キギ・コナには世話になりっぱなしだ。

 合流したヤガにそんな話をしたら。

「旅は道連れ世は情けってね。ウチが損するでもないし。それで得をしたら儲けもん」

「商人のそういう考え方は良いですね。旅で一緒になった商人たちも似た傾向だと感じました」

「そういう商人は息が長いよ。目先の利益だけじゃなく、長期的な見方をしているからね。逆にお客を騙するような商売をしている所はすぐ信用を失っていつの間にか消えてる」

「他の地へ移動したのでは」

「そうだとしても、いつかは捕まるか、恨まれて殺されるか。まあ、長生きはしないね」

 詐欺師ではなくとも、大抵の商人は護衛を雇って常につけている。今も、彼の後ろに如何にも屈強な見た目の男が一人、専属の護衛として旅の道中もずっと控えていた。そんな護衛がついている商人が言う、殺される、長生きをしない、というのは純粋に生き物としての命なのか、それとも商売人としての命なのか。

「俺はこの格好で大丈夫でしょうか」

 ヤガたちは絵の鑑定が終わったあと上流階級相手に商売をしにいく、優雅な戦闘服に着替えていた。分厚く丈夫な外套を着た旅装束のままなのは、交渉の場に出ない者たちばかり。この要塞都市の華やかな町並みの中では少々野暮ったく浮いている。

「今日のミラ君は、屋敷から持ってきたものと一緒に絵を鑑定してもらうだけだからね。オークション会場ってなると、そうもいかないけど。衣装は必要になったときでいいよ。余計な出費になるし」

 絵が偽物だった場合、先走って買った衣装は無駄になる。それでも、必要になったときの場合の店と予算を検討を付けておこう。

 ジャケット用の生地を扱っていて、尚かつ、旅の用心棒の収入を知っているヤガは、俺たちでも手が出る手頃な店をいくつか教えてくれた。

「もう一つ聞きたいことがあるのですが。上流階級の馬車というものは、それだけで何処の家のものか見分けがつくものですか?」

「大抵、馬車に紋章がついてるから。そういえば、旅の最初にそんな話したね。ダナ家だっけ?」

「はい。俺と同じ国出身の女性と関係があるのだとか。彼女がいつ国を出たのかわかりませんが、俺たちが出た後の国の様子だとか直接話を聞ければと」

「故郷のことが気になる?」

「ただの興味です。帰る気はないですし。この国……というか、この国の人間を気に入ってます」

「それは嬉しいね。僕も君たちのことは甥っ子みたいに思ってるよ」

 やっぱりな、と苦笑した。

 なんとなく甥っ子のように見られている気がしていたのは、気のせいではなかった。

「ダナ家で紋章は、尾が二つのイルカ。捜してるのは娼婦の子だって話だよね。好みの子は囲いたがるから素直に行っても合わせて貰えるかどうか。ミラ君は特に美人だし、警戒されるかも」

 わからなくもない。

 毎日、美人だの奇麗だのと挨拶の如く声を掛けられる自惚れからではなく。

 こっちに全くその気がなくても、嫉妬深い男からしたら、同郷でも見ず知らずの男が気に入ってる相手に近づこうとしていたら警戒する。

 何処の誰でも、俺に話し掛けてくる相手を威嚇するウチのラフィがいい見本。

「ですが、娼婦ですよね。複数の相手をされることはあるのでは」

「年齢によるかな。見たり聞いたりした情報なんだけど。上流階級は、若い子なら、遊びで短期間買うこともある。いくらでも次があるし、失敗して経験を積ませるって意味でも」

「客がそこまでするのですか」

「高級娼婦は国で認められた職業だからね。それに、客好みに育ってくれれば良いサービスを受けられるし、そうでなくても一回きりの刺激的な体験もできる。

 それだから、ある程度年齢のいった子は逆に手放せなくなるんだって。経験豊富でこっちが何を求めているか理解してくれているし、何をしてはいけないかの配慮もある」

「自分の欲しいサービスをしてくれて、此方に都合の悪い所は口を噤んでくれ、尚かつ隣に置いて都合よく連れ回せる自慢の相手。となれば、手放したくないでしょうね」

 エディリアナという娼婦が、ダナ家で囲われているかどうかで接触の仕方を考えなければならない。

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