第20話−前.恋人ではありません
「余所の人間を養ってやりたいなら孤児院にでも寄付すればいい」
軽蔑の色を隠さないラフィが、ヒヨコ豆のソテーをスプーンですくって食べながら、至極真っ当な意見を吐き捨てた。
見栄っ張りで、裕福を競い、水面下で牽制し合う。王宮の中で育ったのだ、使用人しかり、王太子と見るや、子供相手に媚びへつらってご機嫌取りをするくせ、仕える者の値踏みばかりして、本心を見せずに腹芸ばかり上手い貴族が気に食わないのは、俺にもよくわかる。あの場所では、実の親もおろか、誰にも愛されず、いつ誰が裏切り、敵になるか、他人を疑う他なかったのだから。
別の男が俺の後ろに回った。相当飲んでいるらしく、ムワッと酒臭さが漂ってくる。体格のいい、用心棒として雇われた一人。
腕っぷしの強さだけが物を言う、不安定な雇われ仕事だ、腕に自信のある傭兵崩れやゴロツキまがいは多い。
「ずっと思ってたんだが、アンタ奇麗な顔してんよなぁ」
――絡み酒か。
相手をしたら余計につけあがる。相手をしなくても、余計に絡んでくる。面倒な酔い方をしているな。
無視を決め込むと、下卑たニヤニヤ笑いを向けてきた。
「商人連中が噂してたが、山じゃ女神って呼ばれてたんだってな。その辺の娼婦よりよっぽど美人で、所作も上品で綺麗だ。おまけに、男所帯の中にあっていい匂いがする」
匂いの元は恐らく、あかぎれ防止に塗っている香油の匂いだ。俺だけではなく、ラフィも同じ匂いをさせているはず。
「厚化粧でかぶれてねぇのもいい。
田舎にいるなんて勿体ねぇから、都会に行くんだろ。その顔だけで貴族連中がすっからかんになるまで搾り取れる」
横にチラリ視線をやれば、スプーンを握るラフィの手にギュッと力が入る。
あまりいい雰囲気じゃない。
スプーンを握る拳がわなわなと震え、赤と黒が混ざってモヤモヤと目に見えるような怒気を纏っている。周りの者たちが察して身を引いていくにも関わらず、上機嫌な酔っ払い男は気づいていない。
「酒飲んで艶っぽくて、誘ってねぇなんて嘘だろ。今晩のオレぁ、ちょっと持ってんだ。都会に行く前に、練習相手になってやってもいいぜ。一晩、いくらだ?」
情熱的な誘い文句だが、俺ではなく隣のヤツに響いた。
無言でラフィがすっくと立ちあがる。
――爆発寸前。
酔っ払いに向かってご愁傷さまと心の中で唱えがら、酒と料理がひっくり返されないよう避けさせたと同時、男が俺の肩に手を掛けようとしてきた気配を背中で感じた。その手が届く前に、殴り倒される音が響く。
「ふざけるな! ミラが金で買えるほど安いと思っているのか! これは俺のだ! 殺す、殺してやる!」
大声で幼稚な独占欲を喚き散らす。
短気なラフィの威嚇はこういう場に効く。俺の隣で吠えて噛みつくニット帽を被った番犬を恐れ、絡まれることが少なくなるから此方としてはいいのだが、不用意な殺しはまずい。
用心棒の仕事を降ろされるならまだしも、自警団に突き出されるのは避けたい。
ふり返ると、前歯が折れて鼻が横に曲がり、顔面が潰れて床で伸びている男に掴みかかろうと向かって行くところだった。
相手の意識はとっくに飛んでいる。きっと、さっきのラフィの主張も聞こえていない。
腕を掴んで阻止する。
「止めるな!」
「料理が冷めてしまいます」
「いらない!」
「俺との食事の時間よりも、その男をとるのか」
「何を言っているんだ」
「ラフィの気持ちはよくわかりました」
手を離せば、ラフィはブスッと納得いかない顔で黙りつつも、大人しく席についた。
人数が増えれば諍いが増え、食事処での喧嘩は日常茶飯事。
俺の造形が娼婦よりも整っていて肌が白く滑らかなせいで、ラフィがキレるのもいつものこと。まあ、いつも拳一撃で伸してしまうのだから、喧嘩にもなっていないが。
商人たちも用心棒たちも慣れたもので、特に気にしていない。
室内であるにも関わらず、ラフィが青いニット帽を目深に被っていることさえ、誰も指摘しない。
旅暮らしをする者の中には事情を抱えた者もいる。厄介ごとに巻き込まれないよう、自分から話し出さない限りは無駄な詮索をしないのだ。
ラフィの場合、顔に大きな火傷痕があり、如何にも事情を抱えている風に見えるのだから、それも予防線になっている。
ニット帽が鮮やかな青色なのは、同じ色の髪が少々はみ出してしまっても、毛糸の色だと誤魔化せるから。
青い目の人間は居るが、青髪の人間はそうそう居ない。特に、母国の人間がこの国に居るかもしれない今、そいつの目的が何なのか確かめるまでは、変に噂を広められたくない。
「美人つっても男なんだから、別によくねぇ? 減るもんじゃねぇし。この仕事も、それ要員の採用だろ」
軽口で批判してきた別の男を、ラフィが睨んで牽制した。
一人、殴り倒されたばかりで懲りない連中だ。
男だから、妊娠の心配が無いからいいなんて、性別を理由に軽視するのは、ラフィが嫌いな思想だ。俺にそういった過去があったから。
「お前――」
「見ていて欲しいなら、金貨一枚」
ラフィが癇癪を起こして手がつけられらくなる前に、口を挟んだ。
「ミラ!」
「お触り禁止、此方は何もしない。ただ俺が見ているだけです」
「旨みが少ねぇのに、高ぇ」
「見たいのなら、金貨三枚。もちろんお触り禁止で、馬に蹴られて死ぬ可能性が十割」
「確実に殺される上、生殺しかよ」
男がゲラゲラ笑って引き下がった。
酒が入ってご機嫌な男たちとは裏腹に、俺の主人は不機嫌なままだ。
「そういう冗談はやめろ」
「冗談だとわかって頂けたようで」
俺にはラフィ以外にいないというのに、何をそんなに怒るのか。感情を剥き出しにする主人の反応が愉快で揶揄い甲斐がある。
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