第19話 事情それぞれ
旅の途中で、屋敷に来ていた商人たちとは別れ、ヤガが代表を務めるキギ・コナの商隊と合流した。
別の商人たちと新しく商隊を組み直し、町から町へ渡り歩く。そうやって、キャラバン隊の合流と解散を繰り返し、商人は各々の目的地を目指す。
物の売り買いは一般人や店に卸すだけではなく、商人同士でも行い、情報交換が盛んだ。
何処へ何を買いに行き、何を売りに行くだとか、あの街道に盗賊が出ただとか、あの道は崩れて通れないだとか、最近旅がしんどくなってきただとか、従兄弟が結婚しただとか……。商売の情報や交通情報、各町の治安から、個人的な近況まで、酒の肴に様々な話をする。
キャラバン隊の人間が集まって、村の食堂で夕食と酒を交わす場は、いつも騒がしい。
四〇手前のヤガという男は、当たり障りない、人畜無害な優男風の見た目と性格で、水が浸透するように人の懐に入って深く情報を引き出す才覚があった。温和で誠実そうな見た目に反し、なかなか侮れない。
この国では定番の、ジャガイモから作られた辛口の強い酒を片手に、干し野菜に干した羊肉を煮込んだ煮込みを、茹でたジャガイモにかけて崩して食べながら、キギ・コナの商隊が港の都市まで出向く目的も聞いた。
聞くまでもなく、羊毛製品の販売だ。売るだけなら、仕入れに来た商人へ売ればいいのだが、わざわざ遠くまで行くのは王都へ売り込む為。
暖かくなれば貴族たちの社交界が盛んになり、ジャケットや帽子に使う生地が望まれる。夏場でも夜は肌寒い国だ、カーディガンを編んだり、ドレスのレースを編むサマーニットの毛糸、爽やかな夏にぴったりな華やかな色合いで肌触りのいい薄手のストール、上等な羊毛で触り心地が良く温かいと評判の高級毛布等。
王都で評判が広まれば、商人たちが買いに来る。その足がかりにするため、王都と直通航路のある港の都市へ出向くのだった。
「ヤガさん、ダナ家をご存じですか?」
「港の都市に別荘を持ってる貴族だね。ダナ家がどうしたの?」
「俺と同じ人種らしい女性が、ダナ家の馬車から降りてきたところを見たと聞いたので」
「僕はそんなしょっちゅう港に行くものじゃないからその女の人が何なのか知らないけど。おーい、誰か知らないかい?」
「おれ、知ってるぜ」
斜向かいでジョッキをあおっていたガタイのいい男が答えた。
「名前は知らねぇが、ありゃあ、貴族を相手にしてる高級娼婦だ」
「港の都市じゃ、娯楽が盛んだからね。遊びに来ている貴族や商家なんかが別荘を持ってるくらいの土地柄だし」
「金持ちの道楽か」
俺の隣で静かに酒の入ったゴブレットを傾けるラフィがわかりやすく顔をしかめた。
水代わりに酒を口にするような国の出身だから、俺たち二人とも酒には強い。全く酔わないという訳ではないが、悪酔いをしたことが無かった。
若干、険悪なのは強い酒のせいか、話題のせいか。
「お貴族さまは演劇の観覧でも音楽会でも、高い金払って奇麗どころを買って、連れ歩いて見せびらかすんだ。余所の人間に高級品を買い与えて養ってやるだけの力があるぞって、他を牽制するためにな。
華やかな噂がなきゃ、どこぞの家は傾いてるだとか陰口叩かれ、陰口言われるならまだいい方、存在を示さなきゃ社交界で消えたも同然扱い。連中も大変だよな」
社交界には暫し、独特の力の見せ合いがある。
俺の国もそうだったが、権力者が見栄で出来ているのは、どの国も同じらしい。
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