第44話−中.お茶会

 エディリアナとは出身国が同じというだけで、それ以外の接点は無いのだ、此方の出自や経緯が嘘であって見抜かれたとしても、彼女に真実を語るつもりは無い。

「いいえ。なら、この町にはいつまで居られるのかしら」

「少なくとも、夏前には出て行くつもりです。エディリアナさんは、いつ母国を発たれたのですか」

「この町に住んで二年になるのだから、五年前かしら」

 俺とラフィが国を出て十年以上経つ。俺たちの五、六年後に出国したことになる。

「貴女が出られた頃の国の様子をお聞きしたい」

「国の様子を知りたいのなら、お帰りになったらよろしいじゃないの」

「いつか帰るにしても、先に故郷の様子を知りたいのです」

 デル・ダナの客という手前、エディリアナはあまり表に出さないようにしているが、どうやら俺を追い出したいらしい。デル・ダナが俺の話ばかりするというのも、これまでの話で、お世辞ではなく本当のことだとわかった。この茶会を開くまで、あちこち調べて俺に関する噂を集めたのだ。

 エディリアナが若干険呑なのは、娼婦が客を盗られまいと警戒をしていてのこと。

俺が娼婦と張り合うつもりは無いのに。

 当のデル・ダナは、娼婦に嫉妬されてご満悦だ。

「この町に長居するつもりはありません。私には少々、忙しない場所だ」

「そう? 母国の何が知りたいのかしら」

「まずは……当時の王は何方で?」

「フォルティゴ王ね」

 久しく聞いたラフィの兄の名だ。順当にフォルティゴ様が王になられたのか。

「フォルティゴ様が即位されて暫くは国が荒れたわ。あちこちで小競り合いが起きたけれど。次第にフォルティゴ王優勢になってね、四年もすれば暴動はほぼ鎮圧された。フォルティゴ様の王弟殿下……えっと、名前はなんだったかしら」

「レビオランシス殿下?」

「そう、その方。その、レビオランシス殿下が縮小された奴隷商に変わる産業を色々と起こして、それらが軌道に乗ったおかげね。

 それでも、王の新しいやり方について行けない人たち――主に奴隷で稼いでいた人たちね、彼らは国を捨てて国外へ出たの」

 レビオランシス殿下がフォルティゴ陛下を支えて上手く國を運営している。

 主人と兄殿下たちは王位継承権で対立したものの、幼少の頃から知る数少ない知り合いだ。顔を合わせれば命の取り合いになりかねないが、昔馴染みの息災を風のうわさで聞いたようにホッとする。

「フォルティゴ王にお世継ぎは?」

「確か、ご結婚された翌年に一回と、その翌年にも一回、王子様のお誕生祝いのお祭りがありましたわ。葬儀も前王様の妃様が亡くなられて以来ありませんでしたから、今もご健在ならいらっしゃいます」

 王子の誕生や王族の葬儀は、国民へ知らしめるために大々的にやる国だ。それらの情報が届くくらい、エディリアナも城下町だとか、主要都市に居たのだろう。もしくは、出奔した奴隷商人絡みの中に居て、奴隷商売を縮小させたフォルティゴ王の動向をよく知っているのか。

「エディリアナさんは国へ帰ろうと思ったことは無いのですか」

「あの国に何の未練も無くてよ。すっかりこの国の国民だわ。この国は私を救って下さった恩があるもの」

 彼女はデル・ダナに視線を投げて微笑んだ。

 フォルティゴ様は順調に国を治めているようだし、世継ぎもいる。かつて、フォルティゴ様よりも王位継承権の高かった弟王子が帰った所で、国が混乱するだけだ。

 俺たちも帰郷の意思は捨てている。ラフィが連れ戻される心配はしなくていいのかもしれない。死人が下手に蘇るよりも、静かに葬ってくれたままでいい。

 事情を知っている母国の人間に見つかるかもしれない、無理矢理連れ戻されるかもしれないと怯え、息を潜めて生活しなくていい。何処へでも、好きな所で好きなように生きられる。

 やっと、ただの人間として。

 エディリアナからほ情報を得られ、安心感を覚えた。解放感、の方が正しいか。三十年目で、あの国から解放された思いがする。

「フォルティゴ王といえば。即位される前、弟君を暗殺され亡くされているのはご存じ?」

「葬列を見ました。まだ国に居ましたので」

「一年後、仇をとったのはミラマカラという、亡くなられたラフィドクリム元王太子殿下の従者なのですってね」

「それは知りませんでした。葬列を見た後に国外へ出たもので。ですが、ミラマカラという名は私の名と似ていたので覚えております」

 埋葬されたのは、俺が殺した弟殿下と元王太子殿下ラフィドクリムの遺体に偽装された従者が真実で、暗殺した仇なんて存在すらしない。

 あの国は国民に対して嘘つきだから、王子達の件は一年で都合よく治めたのだろう。

「国では英雄視されているけれど、せっかく自由になれたのに、死人に忠誠なんて。とても頭がいい方だとは思えませんわ」

「そうですか?」

「ええ。だって、何の得にもならないじゃないの」

「エディリアナに騎士の忠誠心はわからないようだ」

 それまで黙って聞いていたデル・ダナが言った。

「そのようで」

「何よ、二人とも。私みたいな娼婦にはどうせわからなくってよ」

 膨れてツンと拗ねるエディリアナは、少女のようで愛らしい。そういう所が、男たちに可愛がられるのだろう。

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