第7話−前.仕事を貰いに行く

 空き時間、仕事を探しにギルドへ行く。朝市へ出入りしている商人が仕入れを済ませた後――四日後に、町を出ていくという一団を見つけられた。まだわからないので用心棒の仕事は受けなかったが、まだ募集はしている。

 後は、ラフィがどう判断を下すか。

 食堂の仕事はギリギリまでいつも通りにこなす。家には置けないと申し訳なさそうな常連客たちに、それは仕方ない、俺たち二人のことを考えてくれただけでも有り難いと伝え、笑顔で対応し、朝食時間の接客が落ち着いた頃。

 店主から、地主――キギ・コナの屋敷で使用人を二人欲しいという話をされた。残っていた客と店主に、今日はもういいから、早く行け、勢は急げと追い出され、屋敷へ向かう。

 話を持ってきたのは、朝市のときの中年メイドだった。食堂の店主とは同年代で、子供の頃からの付き合い。今でもたまに会って世間話をする仲だという。小さい町だから、昔からの友人同士でも自然。

 町を出ていかないで済むに越したことがない。

 報告しておこうかと、自警団の稽古場にいるラフィにも声を掛けたら、一緒についてきた。

「本当についてくるのか」

「なんでそんな嫌そうなんだ。俺と一緒に働くのがそんなに嫌か」

「そうではないのですが」

「二人募集しているのなら、俺も行って構わないだろう」

 とは言っているラフィだが、本心は、ただの心配だろう。他人を信用していないラフィだ、見知らぬ屋敷へ俺一人行かせたくなかったようだ。

 現に、辺りに睨みを利かせて警戒して歩く様子は、盗賊のねぐらを探していたときと大差ない。どうみても仕事を貰いに行く態度ではない。

 ラフィの警戒心もわからなくは無い。

 人買いは何処の国にも居る。討伐した盗賊だってそうだ。小さな集落を襲って、女、子供を攫い、人買いに売って金に変えたり、自分たちの身の回りの世話をさせる奴隷にしたり、憂さ晴らしの道具にしたり。

 盗賊を討伐したときにも、攫われた人達が居た。取り返されることを恐れて、家族や集落の人間を皆殺しにするのは連中の常套手段。行き場の無い彼女らは、地主ギギ・コナに引き取られ、一部は羊毛加工場で働き、子供は孤児院へ預けられ、他の町へ行きたい者は、信用ある行商人に町まで連れて行ってもらい、教会に預けたと聞いた。それだけを聞けば人助けだが、教会だって人買いと繋がっている場合もある。

 教会に預けたという話も人づてに聞いただけだ、実際に見たわけじゃないから、売られていたとしても確かめる術は無い。

 誰が何を企んでいるのかわからない世の中だ、上手い話が体良く転がり込んできたときほど注意しなければ。

 それは自分で警戒すればいいことで。面接に保護者同伴というのは俺個人の心情として、大人の尊厳というものがある。

「少なくとも、ギギ・コナは強制労働させるような人ではないので、少しは信用できるかと」

 盗賊のねぐらに囚われていた中の何人かは、朝市や町中で見掛ける事があった。町の人達と変わらず、笑顔を見せながら買い物を楽しむ彼女らは健康そのもの、身なりも小綺麗にしていた。いい待遇で受け入れられているのだとわかる。

「前評判通りか、会ってみなきゃわからないだろう」

「二九の男が二九の男に付き添われて仕事を貰いに行くのは、情けなくて胃が痛い」

「付き添いじゃなく、俺も仕事を貰いに行くんだ。たまたま、お前と同じ所に」

「稽古を中断してよかったのか」

「冬の仕事を貰いに行くと言ったら、みんな理解して送りだしてくれた」

「職を探しておられる態度には見えません」

「住み込みの使用人の募集だろう」

「一人だけなら宿代も半額ですし、一人分の宿代くらいは俺だけでも稼げる」

「熊みたいに冬眠していろと言うのか」

「雪かきの手伝いなら、どこでも募集していますよ。それに、冬眠したいと仰っていたでしょう」

「忘れた」

「都合のいい頭で」

 人買い云々とは別にして。俺のご主人様が誰かに奉仕すると思うと、複雑だ。

 使用人を雇う貴族が国に仕えるように、多くを従える王弟が王に仕えるように、立場ある者が、別の者に仕えるのは当たり前。なのに、己の主人、ラフィが他人に仕えるとなるとどうして、こう、モヤモヤするのか。

「町を出る一団が旅の用心棒を募集していた。今ならまだ間に合う」

「お前はここを出ていきたいのか」

「そうではありませんが。ラフィはどうなんだ」

「住み込みで働けるのなら、割の良い仕事だ」

――割の良い仕事だからこそ、余計に警戒しているのだろうな。

 裏手にある使用人用の通用口の戸を叩くと、例の中年メイドが出迎えた。

「よく来たわね。この間は急いでたから、お礼も出来なくてごめんなさい。孤児院への寄付金を預かっててね、朝市が終わる前に届けなきゃ子供たちの物が買えなくなっちゃうから」

『大丈夫です』

「わたしはケミ。話は聞いてるわよ。それに、町じゃかなり噂になってるからねぇ。食堂の女神と、自警団の武神だって」

 いつの間に神格化されていたんだ。

『違います』

「わかってるわよ。ミラちゃん、男の子なのでしょ? 背が高くて、美人なんて羨ましいわ。ラフィちゃんも、強くて力持ちだって。冬は力仕事が多いから、助かるわ。さあ、中へ入って。執事のバセを呼んでくるから」

 訂正したい箇所はたくさんあるが、中年メイド――ケミはニコニコと上機嫌に言いたいことを言って、行ってしまった。『ちゃん』付けは店主の影響なのだろうか。

 初対面のときは一歩引いた印象があった。メイドとしての社交辞令だったのだろう、改めて会ってみると思ったより騒がしい人だ。

 ケミが連れてきたのは、白髪に焦げ茶色の元の毛色が混ざった髪の、六十代頃の男。黒のジャケットを着こなし、俺の隣で不審者を前にした番犬の形相のラフィを前にしても眉一つ動かさず、姿勢正しく風格のある佇まいは、控えめでありながら理不尽に屈さない堂々とした貫禄もあり、執事として長い間勤めてきたのだと思わせるには十分だった。

 だからそれは仕事を貰いに来た人間の態度じゃない。何をしについて来た。敵意を剥き出しにしてくる者を誰が好んで雇う。野良犬を叩き出すが如く、追い返されないのが奇跡だ。

「仕事内容は、旦那様の補助と雑用。旦那様は階段で躓かれて手首と足首を怪我をされた。生活の補助をして貰いたい。雑用の方は、主に雪かきと薪割り等の力仕事になる」

 バセは、今にも噛みつきそうなラフィに物怖じせず、淡々と仕事内容を伝えてくる。何を考えているのかわからない人だ。印象として、こまめに手入れをされているアンティーク家具を人間にしたような雰囲気だ。

『怪我の、方は?』

「右足首、右手首だ」

『利き手、ですか』

「そうだ」

『食事補助は』

「左手で何とかやっていらっしゃる。あまり手を出し過ぎないよう、気をつけるように」

『はい』

「他の細かい注意事項は後でする。他の使用人との顔合わせの前に、先に旦那様に挨拶をしよう。旦那様はご高齢で気難しいところがある。心得ておきなさい」

 顔に深い皺の刻まれたバセに気難しいと言われるここの主は、一体何れほどのものだろうか。

 久しぶりに身の引き締まる思いがする。懐かしい感覚だ。このところ、市井にすっかり染まってしまった。こういった緊張感も悪くない。

 屋敷内は、質素な外観とあまり印象が変わらない。調度品は、廊下の隅に置かれた花瓶と、突き当たりの風景画くらいだ。

 そのかわり、ウール製の絨毯は春に萌え出る若草色で、踏んだ感触から伝わるのは、その下の板張りを感じさせないほど分厚く、床からの冷気を遮断してくれる、実用性のあるいいものだ。

 同じくウールの厚いカーテンも外からの寒さを遮り、目にも暖かい日光に似ている。ギラついていない、柔らかな黄色。冬が厳しい地域の冬場は、あえて華やかな春色にしていた。

 カーテンも絨毯も、掛ける金を惜しめばそれだけ寒い思いをする。派手さはないが、使用人室からずっと同じ分厚い絨毯が敷かれ、掛けるべき所にはしっかりと金を使っていた。

 隣をチラリと見る。屋敷に来てから周りを睨んでいるものの、声を上げるでもなくずっと静かだから、嵐の前の静けさではないかと勘ぐってしまい、余計に心配だ。何事もなく終わればいいが……。

 バセが扉をノックして声を掛ける。

「旦那様、以前よりご相談しておりました新しい使用人を連れて参りました」

「入れ」

「失礼します」

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