第23話 カップルですので

 山から離れた平地は段々と雪が少なくなってきて、途中の村で馬ソリのソリ板を車輪に付け替えた。

 物価の違いから食事処のメニューの値段が上がってくると、都市に近づいてきた実感がする。

 港の都市の周辺は、広大な雪原が広がっていて、太い街道が走る。冬であり、旅人向けの食事処兼休憩所兼ちょっとした宿のような店がぽつぽつとあるだけの、のどかな景色だか、閑散とした雰囲気は無い。

 道幅は広く、人間も馬も荷馬車も、往来が多い。

 旅の最中にヤガから聞いていた話では、都市の周りで砂糖大根を作っているのだとか。

 海の側では、春から秋まで雨が少なく、殆ど晴れの日だという。先に通ってきた湿原が貯水池となり、山の雪溶け水が下ってくる川もあって、水には不自由しない。

 山の方と比べ、夏場の日中は気温が上がるから、海辺には海水を汲んで干す塩田もあり、砂糖、塩作りが盛ん。作ったそれらを、直通航路で王都へ運ぶ。

 塩と砂糖で栄えた町で、物流の拠点であり、天候のいい海辺の観光地でもある、城塞都市。

 城塞の壁の中だけではなく、その周囲も町になっている。だだっ広い畑が広がっていたから、農家や塩田で働く者、労働階級に準ずる平民が主に住居を構えていた。

 城塞の足元に広がる下町で宿をとる。

 年季の入った安宿だが、村の集会所のような所とは違って、ちゃんとした宿だ。旅商人が利用する宿だけあって、警備兵が常駐していて、馬車の見張りも人数を割かなくていい。

「カップルですので、角部屋でお願いします」

 宿屋の受け付けで堂々と宣言し、プライベートを確保すると、ヤガが苦笑いした。

「ちゃっかりしてる」

「夜中にうるさくて困るのは俺たちではありません」

 何食わぬ顔で牽制しておく。

 本当のところは、久しぶりにゆっくり出来るのだから、両隣の部屋からの酔っ払いの陽気な鼻歌やイビキの大合唱を聞きたくない。使えるものは使う。

 部屋は、四人部屋に無理矢理八人押し込まれるでもない、二人部屋。それも、一人一つベッドが使えて、汗がすえたような臭いがしない。狭いが、よく手入れされている快適な空間だ。

「二人用ベッドの部屋は無いのか」

 早速、ラフィが不満を漏らした。

 アンタは文句を言わなければ済まない体質か。

「我が儘言わないで下さい。角部屋を取れただけでも贅沢だ」

「受け付けに、カップルって言っただろう」

 シングルベッドが二つの二人部屋に、ラフィは唇を尖らせる。

 我が儘というより、甘えているだけだ。部屋を変えろと言いださなかっただけ、納得はしているのだが。

 部屋を一度確認してから、馬車の元へ集まる。

「ミラ君とラフィ君は中に用があるだろう? 明日は早朝に出る。城塞の関門を通るから覚悟しておいて」と、ヤガに柔和な笑みで告げられた。

 絵画や金など、高価なものを取り扱う店なら城塞の中だ。

 これだけ外からの往来が多いのだから、荷物検査やら入場審査やら、希望する人間の数だけ、やたらと時間が掛かるから覚悟しておけ、という意味だった。

 それから、馬車の見張りの時間と順番を決め、解散した。

 昼下がりの時間帯、久しぶりの自由時間。

 必要な物資の買い物もしたいが、まずは町を見てみたい。同じ国の中でも、その土地にしかない環境や空気感を肌で感じられるのも、旅の醍醐味だ。

「海の方へ行ってみますか」

「デートだな」

 ベッドの不満は何処へやら、途端に嬉しそうな顔をする。

 途中、関門へ続く大通りを横切った。何処までも続く大行列は、気が滅入るから見なかったことにし、現地人に道を尋ねながら海辺を目指す。

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