第22話 なかなか愉快な旅路になった

 一行は、森の中を進む。

 枝が重さでしな垂れ、針葉樹の木々が凍りつく。落雪や氷柱、ときには重さに絶えかねてミシミシと静けさを裂く音と共に襲ってくる倒木に注意する。

 同時に、凍った雪に足下を掬われて滑落しないよう、歩き方にも気を配り、隠れる場所の多い森の中では、盗賊や肉食獣の襲撃にも警戒した。

 こんな凍てつく寒さでも、餌を求めて行動している生き物は意外と多い。しかし、移動を最優先としている旅の最中、警戒心の強い野生動物を狩るのは、あっちから向かってこなければ難しい。

 追いかけて時間を無駄にはできないし、足を止める日没に夜間を狙って罠を張っても、人の気配があるせいで掛かるのはほぼ奇跡。鹿のステーキが食いたいだの、イノシシの脂が美味いだの、ウサギはパイがいいだの、食事の話題を提供するだけで実際に肉になる動物は無かった。

 この頃になると、最初こそ、俺の見た目目的で絡まれたが、面々の態度が変わってきた。ヤガが言うには、「ミラ君はラフィ君と居るときが一番楽しそうにしてるから、みんな諦めたんだよ」らしい。恋愛の可能性の有無で、腹を空かせた獣の肉欲を簡単に諦めるほど殊勝な連中ではないだろうに。

 時々、「美人が居るといいよな。場が明るくなる」なんて、特に意識したでもない世間話としての囁きが聞こえようものなら、ラフィが睨んで殴りかかりそうな勢いで威嚇しているのが主な原因。子ウサギのなりをして、中身は狼の群れにも果敢に挑みその喉笛を噛みちぎる獰猛な護衛犬だと、皆重々承知している。

 まあ、男っていうやつは、一夜の遊びならいざ知らず、普段の態度が粗暴である者でも、恋愛に関しては生娘に負けないくらい繊細だったりする者も多いのだけれど。

 果たして、向けられる感情は、純情な恋愛か、遊び目的の肉欲か。

 俺のことは別にしても。

 最近じゃ、威嚇しているそのラフィに近づこうとしている者も出てきた。見た目の幼さと、感情的になりやすくもありながら、冷静な判断能力、身体能力の高さという、相反する生態に魅力を感じるのだろう。

 人のことをよく観察し、よく気づくラフィだから、足を滑らせて滑落しそうになったメンバーをいち早く支えたり、体力が限界のメンバーに気づいて声を掛け、馬ソリに乗せて休ませたり。

 極めつけは、盗賊に襲われたときに仲間を助けた事か。

 夜の見張り然り、移動中の周囲への警戒然り、人数が減ると、それだけ一人の負担が大きくなり、隙もできる。

 キャラバン隊は、己の仕事が厳しくならないよう、お互いに助け合う。ラフィも自身の為にと気がついたことは指摘し、面倒ではない範囲で手を貸しているだけなのだが。

 ラフィの剣の腕前を知り、指南を希望し、ボロボロに叩きのめされた仲間が、俺に泣きついてきて、助言をしてやる。用心棒は、ごろつきのような粗野な見た目と性格の連中が多いが、皆、剣を持って戦う剣士だ。特に剣の腕が立つ者は、己が強者と認めた者には憧れを抱き、素直に教えを乞う。だから、強い者はより強くなるし、教えを拒む者ほど死期が早い。

 どうすれば強くなれるか、どうすれば生き残れるか、知っている者だけしか生き残れない仕事だ。

 見た目だけではなく、性格も実年齢より幼いところのあるラフィは、甘い物が特に好きという訳でも無いのに、仲間に菓子を押し付けられては困った顔をする。

「お前に近づきたいから、まず始めに俺に突っかかってくるのだろう」

「単にラフィと仲良くなりたいのでは」

「触ったり口説いたりしないし下心は無いから、ミラと友達になっていいか、って聞かれたぞ」

――なんだそれは。

 いい大人が、同行者に友人になる許可を求めるのか。

「そんな健気な男が居るのか……」

「だろう。余計、怪しい。攫って人買いに売るのではないのだろうな」

 ラフィに言ったそれが本当なら、人間として面白い。ちょっと興味はあるが、彼の猜疑心も否定はしない。

 ラフィとお近づきになりたい者も居るが、まずは仲のいい者からと、いいように使いたい連中が居るのも確かなようだ。

 貰った菓子は、何も知らない他の仲間の腹に収まり、望まないプレゼントはラフィの心を開かせるどころか、警戒心を強めるだけに終わった。

 なかなか愉快な旅路になった。

「ラフィ君は、従わざるを得なくなるような何かがある」

 ただひたすら歩き続ける移動中の雑談で、ヤガが言った。

 思ったことを口にしただけだろうが、鋭い。

 ラフィは元々、とある国の王子。生まれた頃から、人を従え、人の上に立つべく教育されてきた。王位継承権争いやら本人の素質やら、色々あって、その役目を自ら望んで捨てたといっても、赤ん坊から教え込まれたものは簡単に消えるものじゃない。

 どれだけ腹立がって、言いたいことを遠慮なく言える相手だとしても、その従者として、一生を捧げかしずくべく育てられた俺の根本的な気質も。

 多分、一生変えられない。

「ミラ君もそうだけど、二人とも僕らとは違った雰囲気を持っているよね。何をしてても絵になるような、風格というか、気品? 威厳? こう、違う世界の人間のような。まあ、詳しくは聞きたくないけど」

 詳しく聞かないではなく、詳しく聞きたくない、とは、厄介ごとに巻き込まれたくないという、ヤガの意思表示。

 詮索されたくない俺たちにとっても、煮えきらない態度で腫れ物扱いされるより、はっきり伝えてくれるのは助かる。

 針葉樹林を抜け、木が疎らな湿地帯を抜けて、広葉樹の増えた森へ入る頃には、キャラバン隊の皆とはお互いに心地良い距離感を保ちながらも、それなりに打ち解けた仲になっていた。

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