第48話 穏やかな一日

 あれから、すっかり落ち着いた様子のラフィを連れて、要塞都市へ向かう。

「そういえば、ミラは仕事はどうした?」

 オークション会場へ入る用の服を買いに、並んでぼちぼち歩きながら今さらな事を聞いてきた。

「辞めましたよ。ラフィが宿の部屋を飛び出して行ったその日に」

「……そうか」

 ラフィが俯いて、しょんぼりと肩を落とす。

 そうやって、すぐ早とちりして自分のせいにするな。

「元々、オークションまでには辞める旨を伝えていたから、二日早まった程度です。ラフィだって、辞める予定だったろう」

「うん、今日には辞めると言ってあった。一日早くクビになったが」

「気を使われての事でしょう」

「どうだろうな。美人が迎えに来たから、嫉妬で追い出されたのかもしれん」

「嫉妬して号泣していたのはアンタだろう」

「な、泣いてない!」

 顔を赤くしてツンと背けた。

 あれだけ騒いでおいて、今さら誤魔化すのは無理がある。

「大の大人が、ただの幼馴染みが情報収集の為に町の人間と交流していただけで、宿を飛び出してウサギみたいに目を真っ赤になるまで泣き腫らすような嫉妬などしていません。見た目は幼く見えても、三〇を超えたいい大人の男ですから。仕事辞めたここ数日、暇でしたので変な夢でも見ていたのでしょう」

「何でそう、皮肉を言う。意地悪だぞ」

「皮肉ではなく、しらを切ったまで」

「白々しい」

 予定より早く仕事を辞めて迷惑掛けたし、ラフィが働いていた馬宿にも世話になった、後で挨拶をしに菓子でも買って持って行こう。

「でも、お前のそのあけすけなところ、嫌いじゃないぞ」

「好きなくせに」

「当たり前だ」

 でなければ、俺みたいな深読みし過ぎて差し出がましくお節介な男をいつまでも傍に置いておくはずがない。置いて行かれたとしても追いかけるし、絶対に逃さない。

 服を選ぶとなれば、ラフィはいつもの調子に戻り、嬉々として、あれでもない、これでもないと次々服をあててくる。

 こうなると、こっちはほぼ無心状態。あまり変なものなら抗議するが、ラフィがいいなら殆ど口を出さない。

――これか。自分の好みを殺して全部ラフィに合わせているんじゃないかと勘違いさせたところは。

 自分でも何か選ぼうかと、掛けられた服を漠然と眺める。見覚えるジャケットに手が止まった。

 ゼラ・パムにプレゼントされ、俺が売ったものだ。

 新品もあるが、古着もある。古着とはいえ、一度しか着ていないし、元が良い物だ、なかなかいい値段がついている。

 ラフィがそれに気づいて、手に取った。

 しげしげとジャケットを値踏みする顔色に、変化がないか注意深く見守る。

「ミラに似合うが、これは前に着ているのを見たからいい」

 何事もなく元の場所へ戻された。

 もう、引きずってはいないようで胸を撫で下ろす。

「どうせ、町を出る前には売ってしまうので。正装なんて何度も着ないし、手頃な物にしてくれ」

「わかっている。でも、ミラが着る物だからな」

「髪留めは自分で選んでも?」

「ミラがそう言うなんて珍しいな。どれだ」

 手に取ったのは、鮮やかなターコイズブルーのリボン。

「ミラは青が好きだな。そうなると、こっちのネイビーのジャケットの方がいいか」

 ごそごそと衣装を漁る。

 おそらく、分かっていない。俺がラフィにと選んだアスコットタイとお揃いだと。あのとき、ラフィは余裕がなさそうだったから、どんな衣装だったのかろくに覚えていないのではないか。

 やっと衣装を選び終え、ラフィが自分の財布から会計をした。

 ふと、思う。これは、あれじゃないか。

「俗にいう、プレゼント交換では」

「は? ただ服を買っただけだろう」

 変なものでも見る顔をされた。

 ラフィの衣装は俺が選んで俺が買い、俺の衣装を今度はラフィが買ったのだから、言い換えればプレゼント交換ともとれなくない。

 今まで意識してこなかっただけだ。ラフィが誕生日だなんだと言いださなければ、俺だって気づかなかった。

 相手の物を当たり前のように買う。こういうところだ、特別な日に特別なことをしないでいいと思っているのは。

「今年はもうとっくに過ぎているからあれだが、やりたいなら来年から誕生日を祝ってもいいですよ」

「本当か!?」

 途端、パッと明るい表情で見てくる。そんなにやりたかったのか。

「一年間、無事生き抜いた記念としてなら、やってもいいかと」

「ミラは何が欲しい?」

「来年の話だ」

「分かってる」

 一年も経てば、今日言ったところで忘れるのでは。それに、いきなり欲しい物を聞かれても、具体的な物が思いつかない。

「そうですね……。どこにも出掛けず、何もせず、二人きりで過ごす一日が欲しい」

 特に何も思わず口に出た。

 言ってから考えてみれば、俺たちの誕生日は真冬なので、どこもかしこも雪で埋まって行く場所なんて無い。薪割りに、雪かきに追われる真冬、何もしないでいられるのは、屋敷の主人か、ちょっといい宿の客といった特権階級にだけ許された贅沢だ。

 昼頃に起きて、一日中温かいベッドの中で過ごす。一年のうち一日くらい、ダラダラと何もしない贅沢な時間があってもいいだろう。

「そんな事でいいのか」

「そんな事がいい」

「約束だ。来年の誕生日は二人きりでのんびり過ごす」

「ふふ……」

「なに笑っている」

「いいえ、何も」

 漠然とした目標なら話はするが、来年の予定を立てるなんて初めてではないか。

「何事もなく平和に来年を迎えればいいな」

「ミラはすぐ、そういう事を言う。縁起でもない」

 帰り、焼き菓子を買い、ラフィにも持たせて馬宿へ送り出し、俺もパブへ挨拶を済ませ、オークションの前日は久しぶりになんの憂いもない穏やかに一日を終えた。

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