第12話、汚れた手は、二度と治らない②


「カナリア、状況を聞いていないのですか?」

「え、じょ、状況……魔王様の命令ですぐに来たから全く何も聞いていなかったですわ」

「はぁ……少しこちらに来てください。説明します」

「え、ええ……」


 プラムは少しだけ残念そうな顔をしているカナリアに対し、アルフィナに視線を向けると、無表情の顔をしているアルフィナの手だけが微かに震えているのを見逃さなかった。

 状況を説明している中、アルフィナは自分の手を静かに見つめている。

 振り払ってしまった手はカナリアに対して本当に申し訳ないと感じつつ、同時に自分自身に対して苛立ちを微かに感じる。


 ――しかし、『怒り』と言うモノを感じない。


(本当、何も感じないんだな)


 そのように思いながら、アルフィナは静かに拳を握りしめる。


 いつの間にか、何もかも全て感じなくなってしまった自分自身に、アルフィナは何も思いつく事がなかった。

 静かに窓の外の夜空を見つめていた瞬間、突然壁が壊れるような激しい音が聞こえ、振り向いてみると、そこには怒りを露わにして身体を震わしている人物――カナリアの姿があった。


「あの……あのクソ聖女……この私が殺しておけばよかったですわ……どうして魔王様に譲ってしまったのでしょうか!」

「どうどう、落ち着いてカナリア」

「落ち着いていられますかプラム!あなたこそ冷静ですわね!」

「女としては許せないけど……けど、怒ったところで、復讐したところで、何も変わらないと知っているから」

「……あなたはそう言う人でしたわね」


 プラムは冷静にその発言をしていたので、カナリアは静かにため息を吐きながら再度、アルフィナに視線を向ける。

 情熱たる目線を向けているカナリアにどのように対応すれば良いのかわからないアルフィナだったが、カナリアはそのままアルフィナに近づくと、その場に腰を下ろし、お辞儀をする。


「触れられるのが嫌だったのですね勇者様、配慮が足りませんでした」

「あ、違う……カナリアのせいじゃ、ない」

「え?」

「カナリアの手、綺麗だから、その」

「……勇者様?」


「……私の手は、身体は、汚れているから。カナリアを汚したくなくて、ごめん」


 簡単に謝罪をした瞬間、突然両肩を掴まれる。

 何が起きたのか理解出来ないアルフィナが視線を向けると、泣きそうな顔をしながら自分を見ているカナリアの姿があった。

 そのままアルフィナの身体を強く抱きしめる。


「汚れておりませんわ勇者様!」

「カナリア……」

「寧ろ私の方が汚れております!人間たちを何十人、何百人殺したか全くわかっておりませんのよ……勇者様は綺麗ですわ!」

「……きれいじゃ――」

「いいえ、綺麗です」


 カナリアは笑いながら、そのまま少しだけ距離を取る。


「だってあなたの瞳は、未だに綺麗な色をしているではありませんか」


 ――だから、汚れておりませんよ勇者様。


 フフっと笑ったカナリアの姿を見たアルフィナは何も言えず、沈黙してしまう。

 しばらく黙った後、プラムとカナリアが交互にお互い見つめていた時、アルフィナは再度、お辞儀をする。


「…………ありがとう、カナリア」


「ええ、どういたしまして」


 以前に感じたことのある『感情』が微かに胸に伝わってきたように感じる。

 しかし、アルフィナはこれをどのように呼ぶのか、わからない。

 アルフィナは笑う事も泣く事も、怒る事も憎む事も、全てやめて、外に捨ててしまった。

 痛みも感じる事が出来ない。

 食事も、味覚が狂っているかのように感じなくなっている。

 カナリアとプラムの二人に目を向けていたアルフィナは二人に心配かけないようにしないといけないなと思いながら、頷く。


(とりあえず、味覚と痛覚を感じなくなってしまったと言うのは、言わないでおこう)


「一人で頷いてどうか致しましたか、勇者様?」

「ううん、なんでもない」

「そうですか?」


 一人で何度も頷いている姿が奇妙に見えてしまったのだろうか、アルフィナの行動に疑問を感じたカナリアが声をかけたが、彼女は何でもないと言う言葉をかけて、終わる。

 アルフィナは少しだけ申し訳なさそうな表情をした後、再度窓の外に目を向ける。


「……月、今日も綺麗だね」

「ええ、今日は満月ですもの」

「うん、そうだね……」


 牢獄の中で、唯一の光が空に昇る太陽と月だった。

 今日の月も丸く、綺麗に見える。

 嫌だなと思っていた毎日が終わり、新しい一日が始まろうとしている。

 そんな事を考えながら、窓の月に視線を向けていると、その視線の前に突然姿を見せた二人。

 一人の青年が、疲れた表情をしている女性を抱きかかえながら、突然目の前に現れたが、驚く事もせず呆然とアルフィナは見ていた。

 二人が彼女の視線に気づくと、笑顔で言った。


「佳い夜だね、アル」

「佳い夜だな、アルフィナ」


「……お帰り、キーファ、ルキ」


 アルフィナにとってその時二人の姿はとても輝いているように見えたのだった。

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