第29話、魔王は本調子でもなくても、彼女の為に動く【魔王サイド】


 勇者と魔術師だった、アルフィナとキーファの二人がプラムと共に旅を始めた二日後、魔王であるルキは動き始めていた。

 本来、魔王として聖王国に君臨し、国全てを滅ぼしてしまえれば簡単なのかもしれないと思うのだが、ルキはキーファの策に乗るつもりでいた。

 だからこそ、目の前の男にルキは姿を見せたのである。

 真っ黒なマントと赤い瞳、漆黒の髪を揺らしながら目の前の現れた人物に、驚いた顔をしている金髪の輝いていそうな男の姿――その姿を見たルキは少しだけ苛立った。

 彼女の言う通り、間違いなく『聖人』のような男だった。


「な、何者だ、君は……」

「っち……お初にお目にかかる第一王子……フィリス王子であっているか?」

「ああ、私はフィリスだが……何故君は僕に舌打ちをしたのか教えてくれないか?」

「あなたの事が嫌いだからだ」

「え、僕、君に何か困らせるような事をしたか?」


 苛立ちを覚えているルキは嫌そうな顔をしながらフィリスに視線を向けており、何故自分がここまで嫌われているのか全く理解が出来ないフィリスは首をかしげることしかできない。


 フィリス・サンディア・アーノルド――アーノルド王国の第一王子であり、王太子と言う存在でもある。


 嘗て、この国で内乱が起きそうになった時に、勇者であるアルが中心となり、フィリス王子たちを助けたと言う事が伝わっている。ルキもその話を聞いて彼女らしいと理解した後、フィリスがアルフィナを気に入った、と言う話を聞いた時は殺してやろうかという気持ちになったぐらい。

 静かにため息を吐きながら、一礼する。


「突然あなたの目の前に現れた事をお許し願いたい。緊急であなたにお願いしたいことがあるのだ」

「緊急でと言うのは……」


「――勇者、アルについて」


 赤い瞳が静かにフィリスに視線を向けた後、フィリスは微かにその名を口にすると反応した。

 勇者の名を出した事で、フィリスは一瞬何かを考えるような顔をした後、そのままルキの方に視線を向ける。


「彼が、罪人だと言う事は本当だと思うか?」


「まさか、かの――いえ、彼がそのような人物だとは思わない」


 はっきりと、まっすぐな瞳で答えるフィリスに返事を返すルキ。

 ルキのまっすぐな瞳を見たフィリスはクスっと笑みを零しながら、ルキに近づいた。


「うん、僕もそのように思う……勇者アルが実は偽物で、投獄されていたと言う話は聞いていた。しかし、僕はそれを信じる事が出来なかった」

「……それは、何故?」


「勇者アルは、この国では恩人なんだ」


 数年前、魔王を倒すための旅の途中でこの国により、たまたま知り合った事で内乱にかかわる事になったが、見事にアルが収めたと言う事を何度も聞いている。

 フィリスと言う人物は、アルが――アルフィナがどのような人物かわかっているからこそ、彼女が『偽勇者』だという事を信じていないのであろう。

 フフっと笑いつつ、フィリスは話を続ける。


「そもそもこの国の人たちは全員、勇者アルと言う存在が、本物の勇者だと理解しているし、信じている……さて、ルキ殿」

「なんだ?」


「――あなたは、何者か教えてもらっても良いだろうか?」


 微かだが、雰囲気が一瞬にして変わったように見えたのは気のせいだろうか?

 ゾクっと感じた『何か』に対し、ルキは目の前の男がただの男ではない事を理解した後、ルキは懐から取り出した手紙を、フィリスに渡した。


「俺は届け物をしに来ただけだ……アルとキーファとは幼馴染でな」

「え、そうなのか……僕はてっきり、魔王軍の残党だと思ってしまった……」

「……まぁ、そんなようなモノだがな」


 間違ってはいない。

 しかし、ルキは『魔王』だ。

 流石に『魔王です』なんて言ってしまったら、この国全てを敵に回す可能性があると考えたので、ルキはそれについては何も話さないでおく。

 渡したのは、キーファが作ってくれた手紙だ。何が書いてあるのかはルキも聞いていないのだが、手紙を受け取ったフィリスはとても嬉しそうな顔をしている。


「あの、良ければこの場で開けても平気だろうか?」

「ああ、構わない」

「では、失礼して――」


 キーファの手紙を読んで数分――読み終わったのか、普通に封筒の中に手紙を入れた後、懐の中に入れた。

 そしてそのままフィリスは笑顔でルキの方に目を向けている。とても綺麗な笑顔だなと思いながら、ルキは相変わらずしかめっ面の表情でフィリスを見た。

 しかし、次に口にした言葉を聞いたルキは、流石に間に入らなければならないと理解したのである。


「ではこれから私はたちは戦争に行かせていただきますね。兵を集めないと――」

「まてまてまてまて!」


 明らかに目の色が変わっている事に気づいたルキはフィリスが兵を集め、戦争を始めようとしているのをすぐに止める。

 別に戦争を始めるのは構わない。ルキも、そしてキーファも望んだことだ。

 しかし、このままいくと聖王国全ての人間たちを殺しかねない程の目つきをしていた事がわかったので、間に入る事にしたんだ。


「何故止めるのですがルキ殿。キーファ殿の手紙にもそのようにかいてあったのですが……」

「何考えているんだキーファは!!あ、いや、別に戦争を起こすのは構わないが……お前の目からするに明らかに皆殺しにしそうで怖い!」

「え、そのつもりですが」

「この王子マジで怖い!」


 何故そのように言って来るのか、全く理解が出来ていないフィリスに恐怖を覚えたルキは、ため息を吐きながらフィリスに説明する。


「皆殺しは勘弁してくれ。そうしたらお前の国が他の国々に何て言われるかわからないぞ……断罪するのであれば、聖王国の人間たち全てじゃない。一番の首謀者は聖女サルサだ」

「ああ、あの聖女様……なるほど、彼女ならばやりかねない顔をしていましたからね」

「……お前、良い性格してるって言われないか?」

「僕は昔から猫を被って生活していますからね」


 フフっと笑いながら答えるフィリスに、この王子の本性は恐ろしいと感じながら身震いする。

 とりあえずフィリスを軽く落ち着かせた後、ルキは話を続けた。


「俺も、あの聖女様やその他の王族にはうんざりしている……だから、これを渡しておく」

「……これは?」


 ルキはフィリスに『あるモノ』を渡した。

 小さい『それ』に首をかしげながら居ると、ルキは簡単に使い方を説明し、そして笑みを零しながら言った。


「これを持っていけ。『証拠』だからな」

「なるほど……『証拠』なら、逃げられないな」


 ルキの邪悪な笑みを見たフィリスも、『証拠』と言うモノに視線を向けながら、静かに笑うのだった。



 

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