第30話、悪夢から覚めて【聖女サイド】


「いや、やだやだ!ごめんなさいごめんなさい!!」


 泣き叫んでも、助けは来ない。

 これは、そのように出来ているのだ。

 何度も何度も叫んでも、助けを呼んでも、誰も、手を貸してくれる人などいなかった。

 サルサは今、捕らわれた『夢』にいるのだ。

 夢だとわかっているのに、それでも何もできない。既に、『聖女』としての力なんて残っていない。

 心も、体も、ボロボロだ。

 人間ではない、魔物に武器を向けられ、両腕を折られた。

 拳を握りしめられ、腹部を殴られた。

 顔も、同じように何かの武器で殴られた。

 痛い、痛くてたまらない。


「ごめんなさい!ごめんなさい!!」



「――それだけ?」



 何度も何度も殴られ、蹴られ、夢の中で何回も、何十回も謝ったが、それでも、許してくれない。

 遠くで、傍観している一人の女性の姿が、静かに見つめていた。

 勇者、アル――アルフィナの姿をした『何か』が、ただ静かに痛めつけられているサルサを見つめているだけ。

 アルフィナは怒っているのだ――サルサは彼女に向かって泣き叫ぶように言った。


「ごめんなさい!あなたを傷つけて、壊して、それを楽しいと思った私はクズでバカだわ!」

「そうだね、あなたはクズでバカで、どうしようもない『聖女』だ……けど、私は、勇者だ」

「アル……」


「だからって、許すつもりはないけど」


 彼女は笑う事はなく、泣くこともない。

 相変わらず、変わらない無表情の姿で、そのまま剣を抜いた後、サルサの右足めがけて突き刺した。


「いやぁあああッ!痛い!痛いよォ!!」

「痛い……私の方が、もっと痛かったよ、サルサ。強姦されて、傷つけられて、どんなに、どんなに私の心が壊れていったか、あなたにはわかるか?」

「ご、ごめんなさい、ごべんなさ……」

「――アルフィナが許しても、俺は許すつもりはない」


 目の前の姿は確かにアルフィナなのに、その瞳の色はアルフィナの瞳ではなかった。

 まるで血のように赤い瞳。『それ』は静かにサルサに目を向けており、その瞳は明らかに異常だった。

 震えつつサルサは目の前の『勇者アル』に手を伸ばす。


「あ、る……?」

「――お前は、これを『アル』だと言うか?」


 アルフィナの声だったはずなのに、いつの間にか『男』の声になっている。

 それに気づかないまま、サルサは彼女に手を伸ばし――そして、手に触れた瞬間、アルフィナの姿がが一瞬にして変わる。

 まるでそこに居たのは既に『勇者アル』ではなく、罪人の姿をした、痩せ細った『アルフィナ』の姿だった。

 彼女はサルサの姿を見た瞬間、彼女の両肩を鷲掴みにして、顔を近づけさせた。


「……どうして、私が何をしたんだ、サルサ?」

「ひっ……」


「――仲間、だっただろう?」


 『仲間』――そのはずだった。

 サルサが、勇者アルと言う存在を『好き』だったのは間違いない。

 『仲間』として、また、『聖女』として、『勇者』の隣にいた、はずだった。

 どうして、あの関係が壊れてしまったんかわからない。

 そもそも、その気持ちを胸にしまっておけばよかったのかもしれない。


 アルに告白し、性別を知った時から、全てが壊れ始めたのだ。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさ――」

「遅いよ、サルサ」


 冷たい瞳でそのように言ってきたアルフィナは少しだけ悲しそうな顔をすると同時に、彼女に向かって握りしめていた剣を振り下ろした。



   ▽



「いやああああああッ!!」


 次に目を開けた時は、いつもサルサが寝ている寝室だった。

 息を殺しながら辺りを見回すようにしつつ、そして彼女はそのまま震えるようにかけてあった布団を抱きしめるようにしながらもう一度見回す。

 変わらない、いつもの寝室。


「わ、わたし……ゆ、ゆめ、だった……?」


 いや、夢だと思っていたいと言うサルサの願いだ。

 彼女にとって、リアルすぎたのだ。

 体を震わしながら、とにかくサルサは考える。


「た、たしか……キーファが来て、それで、ま、まおうが……」


 キーファが二人の前に現れて、魔術を使って自分たちに攻撃をした後、何故か倒したはずの魔王が二人の前に姿を見せて、そして魔王はサルサたちに何か魔術をかけたような気がした。

 そのまま意識を失ってしまったが、もしかしたらあれは、魔王が見せていた夢だったのだろうかと感じながら再度身震いする。


(……けど、あの夢はもしかしたら、アルが考えていたことなのかもしれない)


 アルフィナが、もしかしたら自分たちに対して憎しみを持っていたなら、あのような行動に出るのかもしれない。

 彼女はキーファと共に、あの牢獄から抜け出したのか――復讐するためにもしかしたら自分の前に現れるのかもしれない。

 考えれば考えるほど、サルサはマイナスな事を考えてしまう。

 そんな彼女の部屋の扉が開き、一人のメイドが姿を見せ、サルサが起きている事に気づいたメイドは持っていた桶をその場に落としてしまった。


「ひ、姫様……」

「あ……」

「お、お目覚めになったのですね!姫様三日間眠っていたんですよ!」

「み、三日も……」


 三日間も眠っていたと言う事は、キーファたちは逃げる事に成功したのだろうか?

 そのように考えながら、サルサは窓に見える世界に視線を向け、そして再度、恐怖を感じるのだった。

 安心するのはまだ早い。

 彼女の『悪夢』はこれからも続くのだから。

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