第02話、罪人となった勇者
『勇者』になったので、偽る事にした。
数年前、『アル』と言う名前に変えた勇者は、二年間の旅を終えてようやく魔王を討伐出来た。
『聖女』サルサ
『魔術師』キーファ
『聖騎士』グリード
そして、『勇者』アル。
四人の活躍により、魔王を退治する事に成功した。
しかし、それは『勇者』にとって、破滅の始まりに過ぎなかった。
『聖女』サルサは聖王国の第一王女であり、姫君だ。
そんな彼女の事も、アルは仲間の一人だと思っていた。
サルサはどうやら仲間だとは思っていなかったらしいが。
「――あなたのその目が気に入らないのよ、アル」
蔑んだような目で自分を見つめながらそのように発言する第一王女、サルサ・アルケード
魔王を倒して半年後、彼女は『勇者』となったアルに対し、いわれのない罪をきせてきた。
魔王を倒したのは、アルではないという事を。
偽証罪と言って良いのかもしれないと思う程、サルサは証拠を捏造してまでアルを貶めた。
ただ、目が気に入らないと言う理由で。
『聖女』の味方である『聖騎士』グリードもアルに対し、罵声を浴びせる。
一緒に、共に、戦った仲間なのに。
彼らは簡単に裏切った。
同時に見事にアルは『偽勇者』となったのである。
魔王を退治したのは、アルではなく、本物の『勇者』であり、『聖騎士』のグリードだという事を。
「所詮は、平民だよな、アル」
鎖で繋がれたアルに、グリードは蔑んだ目でそのように言ってきた。
もはや、何を信じればいいのか理解出来なかった。
目の前で仲間だと思っていた人たちに簡単に裏切られ、『罪人』として鎖で繋がれ、そしてそれからアルは鉄格子の部屋で過ごす事になる。
カビ臭い匂いは慣れた。
臭い飯にも慣れた。
――だけど、『心』は凍ったままだ。
いつしかアルは、感情を全て捨て、人形になった。
「アルフィナ?」
ただ一人、自分の本当の名前を呼んでくれたキーファの事だけは信じる事が出来た。
目を開けるとそこには心配そうな顔をしながらアルの顔を覗き込んでいる少女の姿があった。
「……キーファ?」
「うん、キーファだよ、アルフィナ」
「ある、ふぃな?」
「うん、アルの本当の名前だよ」
「……」
心配そうな顔をしながらアルに視線を向けているキーファにどのように声をかければ良いのかわからない。
それぐらい、キーファと会うのは久しぶりなのだ。
身体を起こそうとしたが、うまく体が動かせない。
それに気づいたキーファがアルの身体を起こそうとした時、奥から聞きなれない声がアルの前に出てきたのである。
「キーファ様、私がやります」
「あ……うん、じゃあお願いしても良いかな?プラム」
「承知いたしました、キーファ様」
「……」
メイド服を来た女性は明らかにキーファとアルの二人よりも年上の女性だ。
そもそも彼女は一体何者なのだろうかと考えつつ、アルはプラムと呼ばれたメイド服の女性に身体をゆっくり起こされる。
用意してある白湯のコップをアルに見せる。
「アル様、白湯をお持ちいたしましたがお飲みになりますか?」
「……飲む」
「では失礼いたします」
失礼いたします、と言う言葉を言った後、プラムはそのままアルの口元にコップを傾けたので、そのまま口を小さく開け、白湯を静かに一口、ゆっくり飲み続ける。
半分程白湯を飲んだ後、プラムはコップを傾けるのをやめ、再度、アルの身体を横にした。
「ご紹介が遅れましたアル様。私、キーファ様に仕えております、メイドのプラムと申します」
「へへ……魔王討伐が終わった後雇った女中さんなんだ。信用出来る相手だから大丈夫だよ」
「そう……か。頑張っていたな、キーファは」
「うん……そして、やっと君を見つける事が出来た」
そのように言った後、キーファは少し寂しそうな顔をしてアルに手を伸ばす。
アルの身体は骨と皮しかないと言って良いほど、やせ細っており、あの『勇者』と呼ばれた人物ではない。
キーファは唇を噛みしめながら、アルの手を握りしめる。
「君が罪人になったなんて、知らなかった……私は魔王討伐後、隣国の学園都市なんて行っていなきゃ、君の傍に居られたのに……ッ」
「……キーファ?」
「……私は、こんな結末望んでない!」
涙をためながらそのように答えるキーファに、アルは何も言えなかった。
悲しんでいるのが分かっているはずなのに、アルはその気持ちに何も反応が出来なかった。
(……キーファの涙を見ても、何も思わない)
あの時、悲しみも憎しみも、感じなくなってしまった。
全てを諦め、人形のように生活をしていた。
死ぬだけだと思っていたのだが――。
アルはゆっくりとキーファに手を伸ばし、優しく頬を撫でる。
「泣くな、キーファ」
「けど、アル……」
「――久しぶりにお前に会えて、嬉しかった」
本来ならば、笑ってそのように言えばよかったのだが、アルは笑えなかった。
(……笑うって、どうすればよかったのだろう?)
幼馴染を混乱させてしまうのではないだろうかと思いながら、アルは静かにキーファを見つめていたのだった。
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