笑わなくなった元勇者と笑顔を取り戻したい魔術師は新たに楽しい冒険を始める

桜塚あお華

第1章、笑わなくなった罪人、元勇者と魔術師の再会

第01話、再会


「――おめでとう、あなたは『勇者』に選ばれました」



 これが、現実?

 それとも、夢?


 平民風情がそのような称号を手に取って良かったのだろうかとあの時は思った。

 元々昔から剣は得意だったし、神父から魔力があるという事で、自分の力で何とか簡単な魔術を覚える事も出来た。

 家族が幸せに、村の人たちが幸せになればいいと思っていた。


 ただ、それだけだったのに――。


 ――何故、私は勇者に選ばれたのだろうか?


 迎えに来た聖王国の人たちは、『勇者』と言い、迎えに来たと言った。


 家族と離れ離れになると考えると、胸が苦しくて痛い。

 しかし、逆に家族たちや村の人間たちに危害が及ぶような事があったらいけないと思った為、『勇者』として動き出すために、差し出された手を握った。


 それから数年、修行や旅をして――無事に魔王を退治する事が出来た。


 これで世界は、平和になると、家族たちが幸せになると思っていた。




 ――それなのに、何故こうなってしまったのだろうか?





「……」


(もう、夜か)


 ボロボロになった身体をゆっくり起こしながら、アルは乱れた服装と髪の毛を何とか治し、そして一つだけある窓に目を向ける。

 いつの間にか寝ていたらしく、同時に家族の事を思い出していたらしい。


 寒さが、肌にしみこむ。


「さむっ……」


 季節はそろそろ冬になるだろうと感じながら、アルは隅の方に蹲る。


(久々に家族の夢を、見たなぁ……)


 大好きだった父と母。

 体が弱かったが、いつもそばにいてくれた弟。

 『勇者』になった事をとても喜んでくれた、村の人たち。


(もう、いないのに)


 アルはそのように思いながら、目を閉じた。

 目を閉じて、また夢の中に入り浸ろうと考えたのだが、眠れないらしい。

 目がさえてしまったのか、と思いながら、アルは寒さに耐えながら、鉄格子の窓に再度目を向ける。


(あれから、一年か……すぎるのも早いな)


 一年――短くて、長い一年だとアルは感じた。

 あたりに目を向けるが、どうやら今日も食事はないらしい。


(三日前から、食事すら運ばれなくなったな)


 アルは腹部を抑えるようにしながら、自分が今空腹だという事を感じる。

 水は何とか昨日降った雨水で何とかしのぐ事が出来ているが、このままいけば死ぬかもしれないと感じつつ、同時に目を見開いた。


(死ぬ……いや、死んだほうが良いかもしれない)


 だって、もう自分には、心配してくれる相手なんて、いないのだ。


 『あの日』――全てが変わってしまった。


 魔王との戦いも。

 旅をしていた仲間たちも。

 何もかも全て変わってしまったアルにとって、もはやどうでも良い事だ。

 そして、『彼ら』はアルの死を待ち望んでいるに違いない。


(所詮、俺は『罪人』だ)


 ――いわれのない、冤罪なのだが。


 しかし、それすらもアルはもうどうでも良かったのである。


 アルは冷たい床にゆっくりと横になるようにしながら目を閉じる。

 このまま、眠ってしまったら、凍えて死ぬ事が出来るのだろうか、と考えるほど。

 目を閉じて、ゆっくりと、意識を『夢』の中に飛ばしてしまえば、きっと死ぬことが出来るのかもしれない。

 そのように考えていた時だった。


 突然、目の前の鉄格子が真っ二つに割れたのである。


「……は?」


 自分の目の前の光景に、アルは目を見開いて驚くことしかできなかった。

 一体何が起きたのかわからず、思わず起き上がろうとしたのだが、身体が言う事を聞かない。

 節々に痛みを感じながら何とか起き上がろうとした時、温かい手がアルの身体を支えるようにしっかりと握りしめられている。


「……え?」

「――見つけました。こちらですキーファ様!」


 突然アルの目の前に現れたのは、メイド服を着た綺麗な女性だった。


(誰だこの人……いや、それよりも、キーファって……)


 目の前のメイド服を着た女性は全く身に覚えがないのだが、彼女が言った人物の名前には聞き覚えがあった。

 そして、その女性が声を荒げるようにその名を叫んだ瞬間、慌てながらこちらにやってきた一人の人物に、目を見開く。


 そこに居たのは嘗ての仲間――『魔術師』のキーファの姿があった。


「あ、ああ……見つけた!アル!アルフィナ!!」

「……キー、ファ?」


 『アルフィナ』と呼ぶのは、この世界でただ一人。


 嘗ての仲間であり、幼馴染でもあった友人――キーファのみだ。


 泣きそうな顔でキーファはアルに手を伸ばし、細い身体を強く抱きしめる。

 その姿を見たと同時に、アルはそのまま意識を手放してしまった。

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