第39話、勇者に似ていると言った男
「えっと、あの……?」
声をかけてくれた男に、どのように反応したらいいのかわからないアルフィナはとりあえず一歩、後ろに下がる。
「あ、もしかして警戒してる?それはごめん!」
「……いや、私の方こそすまない。その……出来ればあんまり近づかないでほしい。初対面の男はちょっと……」
「え、もしかして何かトラウマがあったりする?」
「……そんなところだ」
『トラウマ』
幽閉された時に、アルフィナは複数の男たちに暴行され、汚された。それは今でも鮮明に覚えている。
二ヶ月、普通に生活をしてきたが、その時はルキぐらいの男性たちには会う事はなかったので、大丈夫だと思っていた。
しかし、どうやら大丈夫ではなかったらしい。
(……久々に感じた、これが『怖い』か)
まさか、そのように感じるなんて、アルフィナは驚いてしまった。
それと同時に、アルフィナは安堵した。
(……私はまだ、『人間』なんだ)
恐怖を感じる事がまだ出来るのであれば、アルフィナはまだ『人間』なのだと感じられることが出来る。
まだ、自分は『人形』ではないと。
(何も感じなくなってしまったら、それこそ終わりだよな)
そのように思いながら、アルフィナは目の前の男、ゼロと名乗った人物を警戒しながら、視線を向ける。
「……それで、何か私に用事なのだろうか?」
「え、あ、ああ、すまない!その、ちょっと君が似ていたから、思わず声をかけてしまった」
「似ている?誰に?」
「この世界を救った、勇者に」
その言葉を聞いた瞬間、思わず目を見開いてしまった。
つまりそれは、数年前の『勇者アル』のことを示しているのか?
それとも、成り変わったグリードの事を言っているのか?
聖王国から離れてこの冒険者たちが集う街に来たのだが、自分が『勇者』似ているなんて。
(……私の、敵か?)
もし、敵ならば、差し違えても目の前の男を口封じしないといけなくなる。
アルフィナは『冒険』をするために、聖王国から『逃げる』のだから。
もしかしたら指名手配されている可能性もある。
殺気を出し続けながら、アルフィナは目の前の男に視線を向けるが、男は慌てるような顔をしながら首を横に振った。
「あ、違う違う!あの、顔が似ているとか、そういうのではなくて、いや、そもそも僕、顔は見たことなくて……あの、あなたの剣の構えが、数年前魔王を討伐した、『勇者アル』と言う人物に似ていたので……別にあなたが勇者って言ってるわけじゃなくて……」
「……その、勇者アル、好きなのか?」
「好きというか、ちょっと憧れてます……戦う姿を一度だけ見た事あるのですが……とても綺麗に戦う方、だったから……」
「……」
嬉しそうに笑う目の前の男は本当に、『勇者アル』と言う存在が好きなのだろうと実感させられた。
恥ずかしそうに、そのように話す男にアルフィナは静かに見つめている。
ジッと鋭い視線で見つめられた男、ゼロはビクビクしながら、アルフィナを見ることしかできない。
「あの、なんか、すみません……俺みたいなモノが声をかけて、なんか、すみません……その、お嬢さんの剣の型が見たいなーなんて思っちゃって、すみません……」
「……型が見たかったの?」
「え、あ、はい!」
「……」
アルフィナはジッと、自分が持っている長い棒に視線を向けた後、地面に置く。
上を向き、太陽の位置を確認する。
(そろそろ時間になる……)
「……ゼロ、で良いか?」
「あ、ああ、僕はゼロで……一応、冒険者なんだ」
「冒険者?」
「なったばかり、なんだけど……」
「……いいなぁ、冒険者。私はまだ、冒険者になれない」
「え、どうして?」
「色々あって、まず体力とかを戻さないといけないから……」
残念そうな顔をしながらそのように発言するアルフィナ。間違いは、言っていない。
お金を稼ぐために、キーファは冒険者ギルドに登録して、仕事をこなしている。プラムもそうだ。
しかしアルフィナはまだ以前の力が残っていないため、冒険者としての仕事をするわけにはいかない。むしろ、キーファに強く止められてしまった。
それを知らないゼロは驚いた顔をしながらアルフィナに問いかける。
「え、どうして?君ならすぐに冒険者になれそうなのに……」
「その、色々あって……前はちゃんと戦えるぐらいの力はあったんだけど、半年以上びょ、病気とかになって、体力とか体重とか、色々落ちちゃったから……ここで練習しているのは、体力作り」
「……大変だったんだね、お嬢さん」
「お嬢さんじゃない、私はアルフィナ……アルフィナって呼んで」
「……アルフィナさん」
「うん」
名前を呼ばれたので頷いてみると、ゼロは嬉しそうな顔と輝いた目をしながらアルフィナに視線を向けている。余程名前を教えてもらったのが嬉しかったのか、輝いた笑顔を見せてくれた。
ゼロの笑いに、アルフィナも少しだけ安堵する。
しかし、まだ数分しか会話をしていない男なので、油断は出来ない。そのように感じていると、両手を拳で握りしめながらゼロは言う。
「あ、アルフィナさん!次はいつここに居る?」
「明日、この時間にいるけど……」
「明日……夕方までなら大丈夫かな?もし良かったらアルフィナさんの剣の型、見せてもらってもいいかな!」
「別にいいけど……そんなに興味があるのか?」
「すごくある!」
「……」
はっきりとそのように言ったゼロに対し、アルフィナは静かに息を吐く。
このような目を向けられたのは、久々だったからなのかもしれない。
「……じゃあ明日、この時間に来て」
「ッ!」
ゼロはそのような話をすると、とても嬉しそうな顔をしながら何度もお礼を言っていた。
「じゃあ、明日!また!」
笑顔を向けた後、背を向けて走っていったゼロの姿を、アルフィナは小さく同じように手を振って別れた。
一人残されたアルフィナは、自分の手に視線を向けると、微かに震えているのがわかる
その震えている手を、アルフィナはぎゅっと力を込めて握りしめた。
「今の男、ダレ?」
拳を作った瞬間、背後から魔王が姿を見せるなど、誰が想像しただろうか。
ゆっくりと視線を向けると、そこには不機嫌そうな顔をしている
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