第38話、もう一度、強くなりたい。
(私は、弱くなった)
そのように感じながら、アルフィナはいつもの場所で体を動かしている。
軽く体操をした後、地面に腰を下ろし、目を閉じて静かに意識を集中させる。
自分の中に眠っている、『魔力』を引き出すための、精神統一のようなものだ。
アルフィナは動けるようになって一ヶ月、弱くなってしまった体をもう一度鍛え直すために、基礎から修行を開始したのである。
散歩と言う事にしておいて、キーファには内緒で。
(多分、プラムはきっと気づいているだろうな……)
アルフィナが動けるように修行をしている事に気づいている。それは間違いない。
気づいているからこそ、何も言わないで見守ってくれているのだろうと考えるようにする。
基礎の訓練を簡単に終わらせた後、今度は森の中をランニング。これを三十分程行う。
体をもう一度伸ばした後、自分のペースでゆっくりと走り出した。
(それにしても、グリードが行方不明、か)
嘗ての仲間であり、自分を裏切った相手の一人である『聖騎士』であり、『勇者』に成り変わった男。
サルサと婚姻を決めており、順風満帆だったのかもしれない。
キーファと、魔王であるルキが現れるまでは、幸せだったのだろうと理解しながら、アルフィナは考えながら走り続ける。
(まぁ、もう私には関係ないな。サルサも、グリードも……裏切った仲間の事なんて、もう気にしない)
気にしたところで、アルフィナにとっては何も変わらない。
彼女にとって、もう『あの出来事』は過去に過ぎない。
過去は、変えられない。
もし、勇者にならなければ、あの時逃げ出してしまったら、アルフィナにはどのような運命が待っていたのだろうか?
「……ッ」
言葉の出ない苦しみが、アルフィナに少しだけ襲いかかってくる。
例え、襲いかかっても、既にアルフィナの中では解決という言葉に支配されている。
怒り、憎しみ、そんな感情をアルフィナは未だに感じることができない。
本来ならば、怒りを露わにするのが普通なのかもしれない。怒って、泣いて、憎しみをぶつけるのが普通の人間なのかもしれない。
アルフィナは全てなくしてしまったのだ。
体力作りのために走っているが、息が乱れることはあるがそれだけだ。
相変わらず自分自身の感情は変わらないままで、少しだけ息苦しさを感じる程度。
三十分走り終わったアルフィナはその場に崩れ落ち、用意しておいた水分を軽く飲みながら、休憩を行うと同時に、自分の中にある魔力を感じるため、意識を集中させる。
「……」
黙ったまま、意識を集中させた後、アルフィナは右手の指先に魔力を少しだけため、作り出す。
すると、人差し指に氷の結晶のようなものが現れ、消える。
「……よし」
氷の結晶が出ていることを確認したアルフィナは自分自身を納得させながら立ち上がり、近くにおいてあった長い棒を握り締め、それを構える。
構えたまま、先ほどと同様に魔力を長い棒に集めるようにしながら、再度氷の結晶を出現させた。
「……だけど、まだ魔力を纏う事が出来ないな」
静かに呟きながら、アルフィナは息を吐いた。
アルフィナは魔力はあるが、キーファのような魔術を使うほどの力はない。
そのため、彼女が行う戦闘スタイルは、依代――長剣に魔力を込め、それを纏って戦うのを生業としていた。
普通の剣より切れ味が違うので、魔物を倒すにはよく使っていたスタイルだった。
弱ってしまったアルフィナには最初から鍛え直さないといけなくなってしまったため、昔の自分を取り戻すための練習中だ。
「けど、疲れる……」
足がおぼつかなくなってきたなと感じたアルフィナは地面に腰を下ろし、息を吐きながらもう一度水分補給を行う。
「だけど、前より体力ついてきた」
以前以上には動けるようになったと感じているアルフィナは、今度はちゃんと剣を振れるようにならなければと思い、型の練習をしなければと考えていた時だった。
突然気配を感じたので、アルフィナは持っていた棒と一緒に振り向き、軽く構えの体制をとる。
(もしかして、グリードか?)
あの男が近くにいるのだろうかと考えながら、アルフィナは棒を構え身構えるが、視線を向けた先に現れたのは、全く知らない男の姿だったのである。
無表情の顔で見つめているアルフィナに対し、ここを出てきてしまった男はどのように反応すればいいのかわからないまま、固まっている。固まったまま、口をパクパクさせている男に、アルフィナは敵ではないと認識する事が出来た。
アルフィナは再度睨みつけるようにしながら現れた男に視線をむけ、男もどこか怯えた表情でアルフィナを見て、一歩前に踏み出す。
足を踏み出した事に気づいたアルフィナは距離を取ろうと体制を整えようとした時、それに気づいたのか、男は声を荒げる。
「あ、ま、待って!敵意はないから!ほら、武器なら今から地面に置くし……その、修行か何かをしていたのかなーって思って、気になっちゃって……怒ったなら謝るから!」
「……」
「あの、えっと、あ、ぼ、僕はゼロ!ゼロって言うんだ!君は!?」
「……」
敵意は感じられない。
本心で言っているのだろうと理解は出来るのだが、アルフィナは目の前の男に対して初めて、『怖い』と感じるようになった。
なぜなのかわからない。
しかし、突然『過去』の出来事がフラッシュバックしてくる。
(……何も感じないはずなのに、どうして?)
何故、『恐怖』が襲いかかってくるのかわからない。
ただその時、目の前の、初めて会う男性を見て、アルフィナは嘗て自分たちを襲った男たちを思い出してしまったのだった。
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