第37話、もしかしたら、危険が来るかもしれない【魔術師サイド】


 嘗て、『聖騎士』と言う事で勇者一向に加わった唯一の男。

 アルフィなにとっては、仲間の一人であり、同時に裏切った相手でもある。

 サルサと共謀してアルフィナを貶め、『勇者』としてあの聖王国で君臨していた男が、逃げたという報告を受けたキーファは頭をかかえるようにしながら何も言えなくなってしまう。

 サルサはこの二ヶ月で色々と余罪などが出てきたため、王位剥奪となり、白の隅の方で幽閉されていると言う情報をプラムから持っていたのだが、まさかあの男が逃げるという事は予想外だった。


 『聖騎士』グリード――勇者に成り上がった、最低な男。


「……逃げ出したって言うのは、今行方不明だって事なのかな?」

「はい、そのようです」

「……私たちの前に現れるって言う保証はあるかなぁ?」

「ありそうですよね……まぁ、その時は私がなんとかいたします。キーファ様は自分の身は守れるでしょう?アルフィナ様は私がお守りしますので」

「うん、そうなったらお願い……はぁ」


 頭を抱えながら、逃げ出し、行方不明になってしまった男のことを考えながら、キーファは心を落ち着かせるため、プラムが用意してくれた紅茶を飲む。


(めんどくさい、恨み方してるんだろうなぁ、あの男)


 キーファだからこそ、あのグリードの性格を知っている。

 貶めてしまったのはキーファと、そして魔王であるルキという存在だ。

 あの男のことだから、きっと恨んでいるに違いない。

 恨んでいるからこそ、アルフィナたちを探してこちらに来る可能性もある。


(もし、アルフィナに危害を加えようとするなら、何とかしないといけないなぁ)


 それぐらい考えてしまうのには訳がある。

 グリードという男、性格は最悪なのだが、『強い』でのある。

 彼は努力して、『聖騎士』に成り上がった男でもあるからだ。

 勇者の仲間として選抜されたのにも、グリードの実力があっての事だ。

 前回、サルサと一緒に襲いかかった時は、油断していたからこそなんとか出来たのだが、正面から襲いかかってきたら、間違いなく負けるとわかっている。

 それぐらい、油断が出来ない男なのだ。


「うーん……」


 頭を抱えながら唸るキーファの姿を、プラムは静かに見つめながら、飲み干してしまった紅茶のおかわりを入れる。

 おかわりをもらったあと、キーファはそれを勢いよく飲んだ。


「とりあえず考えるのはやめる……なんか、収集つかなくなりそうだから」

「啓明な判断だと思います」

「もし、私が不在な時はプラムに任せるよ」

「アルフィナ様のことはお任せ下さいませ」


 背筋が伸びたプラムは静かに目を細めながら言った。


「完膚なきまで叩き壊して差し上げますよ」


「……そういうところが、魔王軍四天王だよね、プラム」


 明らかに悪人顔をしていたプラムに静かにそのように告げるキーファだった。


 プラムは魔王軍四天王の一人だが、強いのか弱いのかはわからない。

 ただ、普通の人間よりは強いのではないだろうかと、魔王になった時にルキに教えてもらった。

 メイドとして周りの仕事をしてくれるのも完璧なのだが、もう直ぐ二年が経とうとしているが、プラムは隙が全くないし、綺麗なフォームで敵を薙ぎ払う姿も何度も見ている。


(……出来れば、綺麗に、華麗に、グリードを倒してほしいな……)


 そんな事を考えながらキーファはアルフィナが先ほどいた場所に視線を向けると、何やら外にいく準備をしている彼女の姿を見て驚いたキーファは立ち上がる。

 急いでアルフィナの近くに行き、彼女に声をかけた。


「え、アルフィナどこにいくの?あ、もしかして散歩?」

「……散歩は私の日課だぞ、キーファ」

「そ、そうだったね……気をつけてねアルフィナ」

「うん、二時間後くらいには帰ってくる」

「私、これから冒険者ギルドに向かうから多分いないかもしれないけど、プラムが家にいるから」

「わかった」


 淡々としたアルフィナに対し、グリードのことを言って良いのだろうかと思いながら考えたが、もしかしたらあの男はアルフィナに近づく可能性があるのかもしれないと思ったため、一応その件を話そうとした時だった。


「グリード、行方不明なんでしょう?」


「え……」


 どうしてアルフィナがそれを知っているのか理解できなかったキーファはだったが、その答えを言うかのように、アルフィナはキーファに言う。


「私、地獄耳だから聞こえていたよ」

「あのね、アルフィナ」

「大丈夫、気をつけるから心配しないでくれ」


 今のアルフィナは嘗ての『勇者』としての力を失っている。

 体はまだ衰えてしまっている状態だと、本人も理解しているのだろう。

 それを踏まえての言葉なのかもしれない。

 キーファに、「大丈夫だから」と言う言葉を踏まえて、アルフィナはいつもの散歩に出掛けていき、残されたキーファは再度、深いため息を吐いた。


「……まぁ、わかっているなら、良いんだけど」

「……」

「プラム?」


 キーファがプラムに声をかけたが、彼女は反応しなかった。

 ただ静かに、アルフィナが出ていった扉に視線を向け、キーファに聞こえない声で呟いたのだった。


「……アルフィナ様もアルフィナ様なりに考えているのですね」




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