第54話、簡単に殺されるつもりはない


「……!」


 すぐに分かった。

 分かったからこそ、アルフィナは自分で行動を起こす。

 剣を握りしめ、ゆっくりと森の中に入っていく。

 誰にも見られていないか、周りの気配を探るようにしながら一度辺りに目を向けたのだが、人の気配を感じなかったので、そのまま進んでいった。

 進んでいくと同時に、ゆっくりと感じてきた『気配』にアルフィナが持っている長剣を強く握りしめ、細い目で相手を見た。


「……グリード」


 嘗て、一緒に旅をした仲間であり、信頼していた存在の一人。

 サルサがアルフィナに冤罪をかけた事と同時に、一緒に裏切った相手。

 牢の中で自分を傷つけた男の一人。


「……」


 怒り、憎しみ――そのようなモノを感じるのではないだろうかと思っていたのだが、アルフィナは感じる事が出来なかった。

 怒りも、憎しみも、楽しい事も悲しい事も、何もかも全て、感じられなくなってしまった、『人形』になってしまった。

 殴られ、蹴られ、助けを求めても全く助けてくれる人たちがいなくて、絶望し、全てを捨て、自分で『心』を壊した。


(心を壊した事は、別に後悔していないし、今の生活も慣れているし……それに――)


 この生活は、アルフィナにとっては良いものだ。

 あの暗い世界にいるよりも、今の外の生活の方が断然良い。

 キーファが隣にいて、ルキが様子を見に来てくれて、プラムが温かい飲み物、食べ物を用意してくれて、ゼロと一緒に剣の型を練習したりして――十分アルフィナは満足している。

 満足しているからこそ、この生活だけは、壊してはいけない。


(それにきっと、グリードならば……)


 興味がない素振りをしていた。

 キーファに気づかれないように、何を言われても、興味がなさそうに言っていた。

 しかし本当は、事ではなかったのだ。


(グリードとはよく一緒にいたから、彼の性格もわかっている。わかっているからこそ、きっと私の前に現れる)


 それがいつになるかわからない。

 わからないからこそ、アルフィナはその時を待った。


(その為に外に出て体力作りもしたし、剣の型も練習した……あと、ルキには申し訳ないことをしたな)


『……もし君の前に現れたら、処罰は僕に任せてもらって良いかな?』


 何も感じない、興味がないとルキに言った。

 しかしそれもすべて嘘。

 同時に、ルキは何かあったら自分が手を出していいだろうかと言う話をしていたのだが、その時アルフィナは何も言えなかった。

 同時に、早めに来てもらわないといけないと感じてしまった。


 ――その時が、来た。


 アルフィナがその場で素早く動き出し、長剣を握りしめながら一振り、剣を突く。

 剣の先にいたのは、いつもよりボロ雑巾のようになってしまった騎士――グリードの姿があった。


(居た)


 彼がいた事に安堵したアルフィナは、叫ぶグリードの前にゆっくりと姿を見て、細めた目で彼を見つめた。


「……アル?」

「久しぶりだな、グリード」


 姿を見せたと同時に、グリードはアルフィナの顔を見て、そのように呟いた。

 アルフィナは嘗て、『勇者アル』として聖王国の勇者として君臨していた。

 今となっては男装の姿ではなく、普段の姿で姿を見せたので、グリードも少し戸惑ってしまったのかもしれない。

 しかし、そんな事はアルフィナには関係ない。

 変わらない、ガラスの瞳でアルフィナはグリードを見る。

 剣を静かに力を入れるようにしながら、相手の出方を待つ。


「グリード指名手配されているけど、聖王国で何かしたのか?」

「何かって……俺にはお前を裏切り、冤罪にしただろう?そのツケが回ってきただけだ」

「そのまま投獄されていれば、きっと普通の死に方は出来たと思うけど」

「そうかも、しれないな」


 グリードは笑う。


(……なぜ、笑えるんだろう?)


 グリードの事だから、目的はわかっている。 

 国から逃亡し、指名手配されているのに、彼はどうして追い詰められた顔をせず、自分の前では笑っているのか、その時のアルフィナには理解できなかった。

 彼は笑いつつ、ゆっくりと自分の愛用の剣を抜く。

 以前は綺麗だったその剣も、使っていないのか、手入れされていないのか、薄汚れたように見えてしまった。

 分かっている事だが、アルフィナはグリードの口で聞きたかった。


「……グリード、私たちを追ってきたのだろう?どうして?」

「どうしてって……」

「だってキーファもいるし、そしてもしかしたら魔王が近くにいるかもしれないのに、それなのにどうして私の近くに来たのか?」

「そんなの簡単だ、アル」


 剣を抜き、まっすぐにその剣先をアルフィナに向ける。

 グリードが向けるその瞳は間違いなく、殺意が籠っている。


「お前を殺すためだ」


「……きっと、そう言うと思ってた」


 アルフィナが小さくそのように呟いた後、彼女はゆっくりと剣を振り下ろす構えをした。




 

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