第55話、ごめんね
――カキンッ
お互いの長剣の刃ばぶつかり合う。
先に仕掛けてきたのはグリードの方だった。
すぐさま剣を抜いて立ち上がった後、真正面から向かってきた相手に、アルフィナは顔を動かさないまま、その剣の先を受け止める。
一瞬驚いた顔をしていたグリードだったが、すぐに悪人面の顔になりアルフィナを睨みつける。
「半年幽閉されて力もないお嬢さんだったはずなんだがなぁッ!」
「体力つけたりしてたから」
「……本当、ムカつくわ、お前の事」
「私は別にお前の事、ムカつかない」
「……ッ!すました顔がムカつくんだよお前の!その!顔が!気に入らねぇ!」
「……この顔にしたのは、お前たちだろうグリード?」
アルフィナのその言葉を聞いても、グリードは剣の動きを止めない。
涼しく、無表情の顔をしているアルフィナがなぜこうなってしまったのかは、グリードが良く知っているはずなのだが、と思いながら、剣を受け止める。
(それほど、私のせいにしたいか、グリードは……)
グリードが、どうして自分を嫌っているのかはわかっていた。」
『勇者』――アルフィナは突然、聖王国にある教会から『勇者』として選ばれたと、神の声を聞いた偉い男が言っていた。
『勇者』は『魔王』と戦い、平和をもたらす存在。
それに、アルフィナがなった。
そして、『勇者アル』は誕生した。
それを良く思っていない人物たちだっている。
その中にグリードは居た。
「グリードはね、『勇者』になりたかったから、努力して、『聖騎士』になったんだってさぁ、すごいよねぇ」
旅の途中、キーファが楽しそうにそのように言っていた事を思い出す。
「――『勇者』に、なりたくてさッ」
酒の勢いと言うモノもあったのだろう。
ある日、静かに呟くように本音を言ったグリードの事を思い出す。
その言葉を聞いて、アルフィナはあの時、申し訳なさでいっぱいだった。
(……私は別に、『勇者』なんてものになりたくなかった)
アルフィナは別に、そんな存在にはなりたくなかった。
大人たちが勝手にアルフィナを連れ出し、そして『勇者アル』と言う存在を誕生させた。
世界の平和とかどうでもよかった。
ただ、終わったらキーファと一緒に村に帰って、普通に暮らしていけたらいいなと思っていた。
帰る場所もなければ、これから向かおうとしている故郷には、もう大切な人たちの存在など、ない。
あるのは瘴気にまみれた廃村だけ。
すべてが終わって、そして平和が訪れた。
しかし、物語には続きがある。
アルフィナを『勇者』として認めない『奴ら』による、冤罪、暴力、何もかも全て、絶望させられた。
目の前のグリードもその一人だ。
(確かに私は、努力して勇者になったわけじゃない。けど、それでも……)
剣の先々が遅く見える。
例え、半年から一年ぐらい、鍛錬していない男なのかもしれないが、それでも剣の腕が鈍っていないのはわかる。
長年一緒に旅をし、その中で一緒に剣を交えたり、訓練していたからこそわかる。
グリードの剣は衰えていない。
確かにアルフィナは牢獄され半年以上剣を握る事はなかった。
体力も全て奪われ、骨と皮だけの存在になりかけていた。
努力した。
一か月、体力を取り戻すために、無理して外を歩いたり、忘れていた剣の型を振り下ろしたり、食事も水分も、無理なく取り――ここまで動けるようになった。
「グリード」
「なんだっ!」
「――ごめんね」
囁くように言ったアルフィナの言葉に、グリードは目を見開き、驚いた。
なぜ、彼女が謝罪するのか、全く理解が出来なかったのだ。
しかし、次の瞬間にそれは起きる。
ザシュッ――その音と共に、グリードの腹部から血が噴き出した。
「あ……」
アルフィナの一言で隙を作ってしまった時にはもう遅かった。
彼女の長剣がグリードの腹部を簡単に斬り裂いていき、グリードは噴き出した血液と共に、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。
目の前には、握りしめている長剣から微かに血がついている。
(……斬られたのか、俺は)
崩れ落ち、その場で倒れるグリードに対し、アルフィナは彼の姿を見つめながら答えた。
「剣の腕は鈍ってなかったけど、グリード……忘れてないかな?」
微かに息をしているグリードに向けて、冷たい瞳で見つめているアルフィナは口を動かした。
「君は一度も、私に勝った事ないよね」
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