第56話、死ぬつもりだったが、魔王が死なせてくれない。【聖騎士サイド】


「――ごめんね」


 顔は全く変わる事がない。

 しかし、その瞳をグリードは見逃す事が出来なかった。

 数年前は普通の『仲間』として、友人として、接する事が出来ていたはずなのに、どうして自分は目の前の人物を憎んでいたのだろうか?

 殺したいと、思ったのだろうか?


 彼女は普通の、『少女』だったはずなのに。


 斬られた感覚はある。

 微かに流れ出る血に、このままいけば出血多量で死ぬかもしれないと感じているほど、手当をすれば助かるかもしれない、浅い傷だ。

 しかし、サルサのように、グリードは『聖騎士』と呼ばれていたのだが、治癒能力などは持っていない。

 治癒能力を持つものは少なからずいるのだが、グリードはそれを持つ事はない。

 そもそもグリードには、『魔力』はほぼないので覚える事は出来ない。

 静かに流れる自分の血を見つめながら、グリードは目を閉じる。


(……俺は、ここで終わるのか)


 そもそもどうして自分はアルフィナを追いかけてきたのか、わからなくなってきた。

 殺したい気持ちがあったはずなのに、一瞬見せた表情を見た瞬間、彼女は興味なさそうに、倒れていく自分の姿など目もくれず、背を向けて歩き出していってしまった。

 認知、されていないかのように。


(……俺の事は、興味なかったのか?)


 既にいないアルフィナの姿を、震える手で掴もうとしたのだが、掴めることはできない。

 もう、そこには居ないのだから。


「……がはっ!」


 グリードはそのまま、口から血を吐き出す。

 同時に斬られた場所に痛みが襲い掛かってきた。

 斬られるのは、こんなに痛かっただろうか?

 努力して『聖騎士』にのし上がる時、グリードの体は傷だらけだった。

 しかし、そんな傷も自分が努力した証だと思っていたからこそ、今でも残している。

 魔王討伐の旅が終わり、騎士からただ酒と女に溺れる日々で、その痛みすら忘れていたのかもしれない。


「……ッ、全く……ひどい、男だよな、俺は……」


 権力に負け、女に負け、そして全ての欲望に負けた結果がこれだ。

 全てを失った男が最後に手伸ばした先は、憎いと思っていた女の場所だった。

 殺して、その顔を見れば、すっきりするのではないだろうかと、思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


(アルを殺して、死んだ顔を拝んでやろうと思っていたはずなのに……まるで、空っぽの中にいる感じだ)


 このまま、静かに一人で、悲しく死んでいくのだろうか?

 将来妻になる存在だったサルサは、勇者アルの事で国民を騙し、冤罪にかけた事で有罪となり、離れの塔で幽閉されている。

 もしかしたら処刑されるのではないだろうかと言う噂もあるぐらいだ。

 そんな彼女は、隣には居ない。

 アルフィナも、そしてキーファもいない。


 本当に、一人きりなのだ。


「……ははッ」


 静かに笑いながら、ゆっくりと空を見上げるように仰向けになる。

 空はまるで関係ないかのように、綺麗で美しい。

 手を伸ばしても届かないほどの距離にいる空を見つめながら、グリードは再度息を吐くと同時に口から再度吐血する。


「ぐっ、はぁっ……」


 意識が徐々に朦朧としている。

 このまま、一人寂しく死んでいくのだろうと理解しながら、グリードが目を閉じた。



「――何勝手に死のうとしているんだ、『聖騎士グリードクズが』」



 次の瞬間、腹部に猛烈な痛みが襲い掛かる。

 何が起きたのか理解出来ず、グリードはこの世の終わりのように泣き叫んだ。

 目を見開き、そこにいた人物に、グリードは恐怖を感じた。

 なぜ、どうして目の前にいるのか、理解が出来ない。

 あの事件以降、姿を見せなかった『魔王』がなぜここにいるのか。

 自分の身に何が起きたのか確認すると、アルフィナに斬られた場所に、魔王が足で踏みつぶしている光景が目に入ったのである。

 魔王は静かに目を細めるようにしながらグリードを見つつ、そして静かに舌打ちをした。


「まさかアルフィナがグリードを見つけて斬るとは……予想外だったな」

「が、は……い、痛いッ……痛いからやめてくれ……」

「痛い?牢獄にいたアルフィナはもっと痛かった。この程度で済まされると思うなよゴミクズが……全く、本当、今のアルフィナは何を考えているのかわからん」


 ため息を吐きながら、魔王は右手に魔力を出し、そのままその魔力をグリードの腹部に向ける。


治癒ヒール


 軽い詠唱を呟いた後、グリードの腹部に治癒魔法をかける。

 一瞬何が起きたのか理解できなかったが、アルフィナに斬られた場所が徐々に治っていく姿を見て、グリードは目を見開いた。


(ま、魔王が、治癒魔法を使った!?)


 あの魔王が、自分に治癒ヒールをかけた。

 なぜ、どうして、いや、そもそもどうして魔王が治癒ヒールを扱える事が出来るのか、理解が出来ない。

 驚いた顔をしているグリードの顔を見て、魔王は指先を鳴らす。


「……まさか、治癒させてはい終わりだなんて思ってないよな?」

「え……」


 一本一本、指先を鳴らした瞬間、魔王は拳を握りしめ、そのまま顔面に拳を振り下ろした。

 一瞬にして顔面に拳が当たったグリードはそのまま吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 叩きつけられた光景を見て、グリードは更に舌打ちをする。


「さて、とりあえず一発殴れたっと……意識は、飛ばしていないな。さて、どうするか……」

「な、なにを……」


 一体何をされるのか、わからなかったグリードの体が震える。

 アルフィナに斬られて死ねると思っていたら、まさか魔王に治癒魔法をかけられ傷を治され、そして一発拳を食らって、そのまま何をされるのか、考えるだけでも嫌になる。

 笑いながらその場に立つ魔王に、グリードはただ、魔王の姿を見ている事しか出来なかった。

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