第53話、お前を殺すためだけに。【聖騎士サイド】
――冒険者になって、冒険がしたい……な
なぜ、そのように照れくさく笑うのか、グリードには理解できなかった。
少しだけかわいらしいと思ってしまったのはそれが最初で最後であり、呆然としながら彼女の笑いを見ていた。
(冒険なんて、してるじゃないか)
グリードにはわからない。
なぜ彼女がそのように言っていたのか。
魔王討伐だって、ちゃんとした冒険だと、グリードは思ったのだが、アルにとってはそうではないらしい。
未だにグリードはその言葉の意味を最後まで理解する事はなかった。
結局、うやむやになってしまった。
それと同時、投獄してからアルの笑う姿など、見る事もなくなってしまった。
それもすべて過去の話だ。
慣れない森の中をゆっくりと、息を殺して歩くようにしながら、グリードは体を小さくする。
小さくしたところで気配を殺したところで、襲ってくる相手はいるのかもしれない。
軽く舌打ちをしながら、グリードは前に進む。
彼の狙いは、『勇者アル』にある。
(……やっぱり、俺はあいつが憎いんだな)
何もかも全て持っていたかのように、『勇者』となってしまった、性別を偽った女に、未だに嫉妬をしている。
笑う事をなくしてしまい、人形のようになってしまった『勇者アル』に未だに未練がましく、嫉妬している。
何度も何度も同じように考え、結局認めてしまった。
だからこそグリードが目指す先は、『勇者アル』『魔術師キーファ』が仲間と共に逃げて行った場所――冒険者が多く集まる街だ。
情報によれば数か月前に小さな家を借りて暮らしていると言う情報を手に入れたグリードはそこに向かってひたすら進む。
握りしめている、自分の剣で、『勇者アル』を殺すために。
『グリード』
きっと、アルは無表情で、何も感じていた内科のように、そのように彼の名前を呼ぶかもしれない。
しかし、そんな事、グリードには関係ない。
「……アル」
小さく勇者の名を呟きながら進んでいたその時だった。
突然目の前に長剣のようなモノが姿を見せ、グリードに襲い掛かってくる。
一瞬の出来事だったので、グリードは急いで体を後ろに下がらせ、地面に背中を叩きつける。
(な、なんだ……!?)
見えたのは明らかに長剣だ。
その長剣が狙っていたのは間違いなく自分自身だと理解したグリードは息を荒くしながら立ち上がり、持っていた剣を握りしめる。
殺気のようなモノが感じられればありがたいのだが、そのような気配はない。
とても静かに、静寂と言う言葉がグリードの頭に過る。
「だ、誰だっ……!」
自分に剣を向けてくるのは誰なのか、息を何度も吐きながらグリードは腰からぶら下げていた剣を抜く。
軽く右手が震えているが、そんな事をかまっている暇などない。
明らかにあれは自分を斬り殺そうとしてきたのだから自分に殺意があるのは間違いないのだ。
すると、コツ、コツ、と言う音がグリードの耳に響く。
魔物とかではなく、明らかに人間の形をした『何か』がこちらに向かってくる気配だ。
(盗賊か?こんな森に盗賊が出るとは聞いていない……)
物取りの犯行だろうか、それとも盗賊だろうか、グリードは汗を流しながら、ゆっくりと姿を見せようとしてくる相手が何者なのか、待つ。
ゆっくりと、グリードの前に姿を見せたのは、盗賊ではなく、探し求めていた相手だった。
同時に、なぜ自分の前に姿を見せたのか、グリードには理解出来ない。
「……アル?」
「久しぶりだな、グリード」
笑う事のない、人形のような表情で姿を見せた勇者アルの右手には、先ほどと同じ形をした長剣が握りしめられていた。
まるで何も映していないかのような瞳で、アル――アルフィナは目の前の男、グリードを見る。
そしてそのまま、剣の先をグリードに向けた。
「グリード指名手配されているけど、聖王国で何かしたのか?」
「何かって……俺にはお前を裏切り、冤罪にしただろう?そのツケが回ってきただけだ」
「そのまま投獄されていれば、きっと普通の死に方は出来たと思うけど」
「そうかも、しれないな」
ハハっと笑うようにしながら、グリードは再度、アルフィナに目を向ける。
彼女が女性だという事は既に知っている事なのだが、あの時とは違い、男のような姿ではなく、間違いなく『女』の姿をした、『勇者アル』だった。
――ただ、彼女は笑わない。
「……グリード、私たちを追ってきたのだろう?どうして?」
「どうしてって……」
「だってキーファもいるし、そしてもしかしたら魔王が近くにいるかもしれないのに、それなのにどうして私の近くに来たのか?」
「そんなの簡単だ、アル」
ゆっくりと、静かに立ち上がり、グリードはアルフィナに剣を向ける。
その剣を握る手は、既に震えなどなかった。
ただ一言、彼女を見ながら彼は言う。
「お前を殺すためだ」
鋭い瞳が、アルフィナを刺激した。
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