第52話、彼女はそのように、輝いた瞳で言った。【聖騎士サイド】


 『偽りの勇者』だと言う事は、わかっていたんだ。


 魔王を倒し、国を救う事が出来た。

 『努力』で『聖騎士』になれたのに、いつの間にかその心得すら忘れるほど、色々と溺れていった。

 まるで、坂に下るかのように、淡々と。

 いつの間にか剣を持つことがなくなったグリードはお酒と女に溺れるように、片っ端から手を出した。

 気に入った女を口説くのも、お金を手に入れるのも、何もかもすべて手に入れたかのようになっていった。

 堕落してきたとわかってきても、『贅沢』はやめられなかった。


 『聖女』として仕事をしてきたサルサに『勇者アル』を陥れたいという言葉を聞くまでは、正常だったのかもしれない。


「は……何を言ってるんだ、サルサ?」

「何を言ってるって……決まってるでしょう?アルを罪人にして牢に放り込むの……グリード、もちろん手伝ってくれるよね?」

「手伝ってって……お前、本気で言ってるのか?だってアルは……」

「確かにアルは勇者でそして仲間よ!けどね、それ以上に許せない事があるの……アルが私のモノにならないなら、壊してやる!アルがいなくなったら、アンタが勇者になりなさい、グリード!」

「……俺が、勇者?」


 サルサの言葉を聞いたグリードは最初はやめるように声をかけたのだが、その発言を言われた瞬間、自分の理性の糸が切れてしまった。

 そのままサルサに言われながら、グリードは証拠を捏造し、そしてアルを罪人に仕立て上げた。

 まさかアルが男ではなく、女だと聞いた時には、なぜサルサがあのような発言をしたのか、理解した。


(女じゃ、理想の旦那様になれないよな……サルサ)


 サルサがアルに好意を抱いていたことはグリードも知っていた。

 知っていたからこそ、アルが女性だという事を聞いて、怒りを露わにしてしまったのであろう。


 アルは勇者から罪人に、グリードは聖騎士から勇者となった。


 昔から勇者になりたかったグリードは嬉しくて、余計に食欲、性欲など、全てを発散させた。

 何か嫌な事があれば、ボロ雑巾のようになったアルを痛めつけた。

 暴行し、性欲を発散させ、壊れるまで痛めつけた。

 数年もすれば、そのまま死んでしまうかもしれない――が,そんな事は些細な事でしかなかったのである。


 投獄されて半年後、アルは親友のキーファに助けられ、同時にサルサとグリードの二人の前に、倒したはずの『魔王ルキ』が姿を見せたのである。


 彼に殺されるのではないだろうかと思っていたのだが、結局の所殺される事はなかったのだが、グリードが目を覚ました時には状況が変わっていた。


 聖王国のたった一人の王女であり、『聖女』であるサルサが、『聖女』の称号を剥奪させられ、離宮で拘束される事になった。

 なぜそのような事になってしまったのか、グリードは理解が出来なかった。

 

 どうやらアルを貶めてしまった証拠があると言う事、それを嘗て勇者が救ってくれた国の王太子であるフィリスが持ってきたと言う言葉だった。

 サルサの言葉ももちろん、グリードがサルサに協力したと言う事もわかっており、このままでは間違いなく捕まると理解したグリードの行動は早かった。

 まず、簡単な支度をした後、握る事が殆どなくなってしまった剣を握りしめ、装備する。

 そしてその日の夜、周りから気づかれないように静かに聖王国を脱走した。

 当てもなく彷徨うつもりは全くなかった。

 グリードには目標がある。


(……アル)


 彼の頭の中に浮かんだのは、笑顔で自分に会話をしてくれた、『勇者アル』の姿だった。

 以前、野営をしていた時にアルと話した事がある。


「そう言えばアル、お前この旅が終わったらどうするつもりなんだ?」

「え、そうだなぁ……一番の目標としては、自分の故郷に帰るのを予定していたんだけど、もうないならそれは出来ないしな……」

「ああ、そういえばもうないんだったな」


 半年前、突如ダンジョンが村の近くに現れ、そのまま魔物のスタンピードが発生してしまい、アルとキーファの二人が暮らしていた村は全滅。村人は誰も生きていなかったと言う報告を受けた。

 キーファの両親とアルの両親はその場で亡くなり、骨も残らなかったと言う話を聞いた時、二人は誰にも見つからないように影で泣いていたと言う。

 目標だったものが、なくなってしまったアルはこれからの事をまだうまく考えていなかったらしく、悩むような素振りを見せながらグリードを見る。


「グリードはどうしたいんだ?」

「俺は……そうだな。ずっと忙しい毎日だからとりあえず休みたいのと、あとは……ずっと剣ばっかりだから、堕落した生活をちょっとしてみたい」

「ははっ、いいなそれ……堕落した生活かぁ、それはちょっと憧れる」

「じゃあ一緒にやるか?」

「そんな事をしたらキーファに怒られるよ」


 楽しそうに笑いながらそのように答えるアルだったが、ふと何かを思い出したかのようにグリードを見た。


「……冒険が、したい」

「え?」


 そのまま、アルは目を子供のように輝かせながら、グリードに言う。


「冒険者になって、冒険がしたい……な」


 照れくさそうに言っていたアルの姿は、今まで一番輝いているように見えたのだった。



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