第35話、魔術師様はおねむのままです
「……降りてきませんね、あの方は」
プラムはため息を吐きながらそのように発言している。
降りてこないと言うのは、キーファの事だろうと理解したアルフィナは声をかける。
「確か、新しく入った魔導書を読みながら、研究もどきのような事をしているって聞いてるけど」
「ええ、あの方集中するとご飯も水も飲まないので……睡眠もとらないと聞いた時は驚きました」
「それ、昔からだよプラム」
「……やっぱり、昔からなんですね、はぁ……」
再度ため息を吐きながら無表情で頭を抱えているプラムが少しだけ新鮮のように見えてしまったのは気のせいだと思いたい。
キーファは昔からあのような生活をしている。
幼い頃から集中したいものがあればご飯も食べず、水も飲まず、誰とも遊ぶ事もなければ睡眠もとらない。
アルフィナは簡単に慣れてしまった。あれが、キーファと言う人物なのだろうと理解する事が出来たのだ。
しかしルキは違う。
元々臆病で、心配症の部類に入るルキはキーファが家から出てこない時はアルフィナにしがみつくようにしながら何度も泣きながら言っていたことを思い出す。
『ね、ねぇ、今日も出てこないんだけどキーファ!だ、大丈夫だよね!死んでないよね!!』
『ルキ、キーファが死ぬ人間に見える?』
『…………うん、見えない』
そのような会話が何回も行われている事を、魔王となったルキは覚えているのだろうかと思いながら、キーファは用意された紅茶を飲む。
果実が少しだけ入っているのか、落ち着いた味がするが、アルフィナは『おいしさ』と言うものがどういうモノなのか、理解出来ずにいた。
味覚障害ではない。
ただ、『感じない』だけ。
「……」
「紅茶、お口に合わなかったですか?」
「多分、美味しい」
「多分、ですか?」
「……『美味しい』と言う感情が、わからないと思っただけだから気にしないでプラム」
「……」
脱獄から二ヵ月。
相変わらず『アルフィナ』と言う人物は、『感情』と言うモノを捨てた、人形のような存在になってしまっている。
時間に起きて、時間に寝て、外の景色を楽しんだり、掃除を手伝ってくれたり、普通の時間を今彼女は行っているが、アルフィナはそれが『楽しい』と言う事を理解していない。
彼女は『あの時』から全て捨てて、『人形』と言う感情になってしまったのだ。
プラムはそんな彼女の言葉にどのように返事をすればいいのかわからず、静かに一礼しながら答えた。
「申し訳ございませんアルフィナ様、配慮が足りませんでした」
「本当、気にしないで。ただ……」
「ただ?」
「例えどんな事があっても、私は今の時間が好きだから」
笑う事はなかったが、彼女にとって精一杯の言葉なのだろうと、プラムはその時理解する。
アルフィナにとって、牢獄されていた半年間は本当の地獄のような時間だった。
理由もわからず牢獄され、痛めつけられ、男たちに辱めを受けられ――理由はサルサがアルフィナの告白を断り、同時に自分が男ではなく女だという事を明かしたからと言う単純な理由。
アルフィナは再度、プラムが用意した紅茶を飲みつつ、プラムはアルフィナをここまで追い詰めた『聖女』であるサルサを憎んだ。
「……やはりあの時、私も一発ぶん殴っておきたかったですね」
そのように発言していた事など知らず、アルフィナは紅茶を飲んでいた。
「ふぁあ……ねむいぃ……」
静かに、ゆっくりと降りてきているキーファに気づいたのはその時だった。
眠そうにしながら右手に枕を持っていたキーファに気づかず、アルフィナとプラムは思わず反応をしてしまう。
振り向くと少しだけはだけた格好で立っているキーファはふらふらとしながらそのままアルフィナの隣に座る。
「おはよぉあるふぃな……うーん……」
「おはよう、今日も相変わらずお眠か、キーファ?」
「まぁねぇ……手に入った魔導書、めちゃくちゃ興味深くて、つい色々と試しちゃったよぉ……あ、プラム、部屋の壁ちょっと壊しちゃった」
「またですか……はぁ、直しておきます。あと、この家借りていると言う事を忘れないでくださいキーファ様」
「んーわすれてないよぉー」
キーファは新しい魔術を見つければ試したい欲求があるらしく、どうやら今日は壁を少し壊してしまったらしい。
用意されている朝ごはんに手を伸ばし、口をあけ、中に入れ口を動かす。
食べる際に調味料が口の周りについているのをアルフィナは見逃さない。
「キーファ、ソースついてる」
「んー……ありがとうアルフィナぁ……」
「……」
笑顔で答えるキーファの姿を、アルフィナは静かに見つめていた。
『ありがとぉ、アルフィナー』
ふと、昔のキーファの姿を思い出してしまった。
(……そう言えば、こうしてキーファの世話をする時もあったなぁ)
幼馴染だからこそ、近い距離にいる。
昔の事を思い出しながら、アルフィナの中ではキーファはまだ全然変わっていない事に少し『嬉しい』と言う気持ちを思い出しながら、そのまま彼女が食事を食べている様子を見つめていたのだった。
「うー……ねむい……」
「しっかりしてください、キーファ様」
プラムに怒られているキーファを見つめられつつ、そのまま当分この環境のままで居たいなと願いつつ、相変わらず『美味しい』がわからない紅茶を口の中に入れるのだった。
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