第2章、笑わなくなった元勇者、魔術師とメイドと三人で普通の冒険者になる。
第34話、二ヵ月、元勇者、動けるようになる。
冒険者たちが集うと言われている国、カルディール。
彼女の朝は、相変わらず早い。
目覚めると、借りている家から出ていき、まず庭掃除を行う。
庭掃除を行いながら、綺麗な空を眺めながら静かに立っている姿はまるで人形のようだと通りの人たちからよく言われるようになっていた。
庭掃除を終えて家の中に入ろうとすると、近所のおばさんがいつものように笑顔で彼女に声をかけてくれた。
「おはようアルフィーちゃん。今日も良い天気だね?」
「……おはようございます、おばさん」
元、勇者であるアルフィナはこの冒険者が集うと言われている国、カルディールでただいま一時的な暮らしを行っているのだった。
▽
「路銀がそんなにないし、アルフィナの身体も心配だから、村に行く前に一年ぐらい、カルディールで暮らそうと思っているんだけど、どうかな?」
笑顔でそのように言っていた友人キーファにアルフィナは静かに頷いた。
元々アルフィナにとって、カルディールと言う国はちょっとした憧れもあったからである。
勇者になる前は、冒険者になりたいと思っていたので、冒険者の国とも言われている場所に暮らせるのであるならば、と言う事ですぐに了承して二ヵ月。動けなくなっていた身体はすっかり動けるようになり、最近では肉がついてきたのではないだろうかと思えるほど、回復していた。
カルディールで暮らして二ヵ月、アルフィナは冒険をしていない。
自分の意志でそれはしていないのだ。
庭掃除を終えて軽く体を伸ばしていると、同じように無表情で支度をしているメイド服の女性、プラムがアルフィナに声をかけた。
「おはようございますアルフィナ様、今日も良く眠れましたか?」
「うん……キーファは相変わらず?」
「はい。魔導書を読んでいたらしく、昼までには起きないでしょう。朝食の支度を致しますが、何か食べたいものはございますか?」
「……とりあえず、なんでもいい。あ、黒パンをもらったからこれを焼いて食べるのはどう?」
先ほど声をかけてくれた近所のおばさんにお裾分けにもらった黒パンを差し出すと、プラムはなるほどと呟き、「承知しました」と言って受け取る。
軽く油をフライパンに入れ、温まったら黒パン、そして卵を割って一緒に焼いている姿を、アルフィナは何も答えず、静かに見つめているのだった。
(……相変わらずプラムは動きが良いな)
アルフィナは料理は出来ないし、家事なんて出来ない。
今も簡単なモノしかできないため、ほとんどはプラムが行ってくれている。
手際のよいプラムに目を向けながら、ふと思い出す。
(……これでも一応、魔王軍四天王の一人なんだよな)
プラムの本業は魔王軍の四天王である。
本来ならばここに居ては良い人物ではないのだが、どうやら魔王であるルキの命令により、キーファの傍に居たらしい。
勇者として戦っていた際、プラムはいなかったからこそ、彼女がそのような存在だと言うのには信じられないままだ。
手早く調理している彼女に視線を向けていることに気づいたプラムはアルフィナに目を向ける。
「いかがいたしましたか、アルフィナ様?」
「……いや、プラムは何でもできるなと思って」
「簡単な事です。このような事が得意なだけでございます。以前は魔王になられる前のルキ様のお世話も私がしていたようなモノなので」
「すごいねそれ……じゃあ、魔王バージョン、みたいな感じになるのはプラムが教えたのか?」
「……あれは私ではなく、兄が、いえ、その……なんかすみません」
アルフィナの質問にどのように答えればいいのかわからなくなってきたプラムは少しだけ青ざめた顔をしながらアルフィナに謝った。
何故謝られたのか理解出来ないアルフィナは首をかしげながらプラムに視線を向けると、彼女は静かに息を吐きながら話を続ける。
「その、あのようなひねくれた感じの魔王になったのは、兄のせいです。彼が以前の魔王様に憧れを持っていた父に教わったようで……あ、多分半分は父親のせいでもありますね。あの人は異常に魔王に憧れがあったので」
「……大変だね、プラムも」
「ええ、とても大変でした。アルフィナ様、あーんしてください」
「?」
突然そのような言葉が返ってきたので一瞬反応してしまったアルフィナだったが、彼女の言う通り口を開けてみる。
すると口の中に何かが放り込まれ、口の中に入れられたと同時に、アルフィナは口を閉じ、動かす。
口の中に入ったのは、先ほどプラムが焼いていた黒パンの一部だ。味付けがしっかりと行われており、とても美味しい。
「ん、うまい」
「それは良かったです。ではこの黒パンとスープを用意いたしましょう。野菜スープで大丈夫ですかアルフィナ様?」
「うん」
「ではお皿の準備をお願いできますか?」
「わかった」
プラムに言われた通り、アルフィナは口を動かしながら食器の準備を行う。
簡単にテーブルに食器を三人分並べた後、アルフィナは自分の右手に視線を向ける。
自分で動けるようになったと理解したアルフィナは一度だけ手首を動かし、呟いた。
「……そろそろ、本格的に動かないといけないな」
そのように呟きながら、アルフィナはプラムが用意する朝食を待ち構えるのだった。
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