第33話、彼女たちのこれからの『冒険』に祝福を【王太子サイド】


「……本当は自分の手で、地獄に落としたかったんじゃないのか、フィリス王子」

「……そうなんですかね、でも、なんか、もうどうでもよくなってしまいましたよ」


 フフっと笑いながら答えるフィリスに対し、側近として隣に居たルキ――魔王は静かにため息を吐きながら、笑っている人物に目を向ける。

 数日程隣の男と一緒に過ごしていたのだが、正直この男を王太子にしてはいけないのではないだろうかと思う程の性格をしている人物だと認識する事が出来た。


 静かにため息を吐きながら、ルキは今フィリスと共に外に出ている。

 もちろん、急いでこの聖王国を去る為に。

 風が静かに黒髪に靡いて、落ち着く。


(……どこまで、あの三人は行っているのだろう?)


 キーファ、アル、そしてプラムの三人は、数日前にあの小屋から出て、今は人間が暮らせない場所に向かって旅を始めている。

 キーファとプラムはちゃんとアルフィナを守っているのだろうかと考えながら、外の景色を眺めていると、隣に居たフィリスがじぃっと彼の顔に目を向けているので、視線が痛くてたまらない。

 気にしないでおこうとも思ったのだが、その視線が間違いなく突き刺さっているので、嫌そうな顔をしながらルキはフィリスに目を向ける。


「なんだ、フィリス王子」

「いや、君の顔って近くで見た事なかったんだが……すごく綺麗な目をしているんだな」

「……それはどうも」

「王女様には顔を隠していたみたいだけど、知り合いか何かだったのか?」

「……」


 まさか魔王です、なんて死んでも言えるはずがなかった。

 それに、サルサはルキ――魔王の素顔を知っている数少ない人物だ。あのまま本来の顔を見せてしまったら、間違いなく『魔王』だと言う事が世間に知られてしまう。それだけは絶対に避けなければならなかった。

 視線を逸らしながら、ルキは話を続ける。


「俺の事はどうでも良いんですよ。それより……この国はこれからどうなるんですかね?」

「聖王国としては、戦争は望まないらしいからね。ただ、僕としては正直物足りなかったかなとも思うよ」

「……本当に、あなたはこの国を壊したかったんですね」

「そうだね、大切な人勇者様を貶めた国だから」


 大切な人アルフィナ――その言葉を聞いて、すぐに理解が出来た。

 ルキも同様、このまま許すつもりはない。

 このまま、魔王としての力を使って簡単にこの国を滅ぼしてもいいと考えていたのだが、あのアルフィナならきっとそれを望まないと知っているからこそ、手を出せない。


「それはそうと……勇者様たちはこれからどこに行く予定なんだい?」

「俺が知っているルートで行くならば、冒険者たちがよく集まる街に行くでしょう。キーファ……魔術師は冒険者になりたいと言っていたからな」

「そうか……私の国にももう一度寄ってもらえる事は可能かな?」

「ルートには入っていない」

「それは残念」


 少し残念そうな顔をしているフィリスの肩を軽く叩いた後、ルキは両目を隠していた前髪をかき上げる。

 彼が向けている視線の先には何もないが、間違いなくあちらがたの方にはアルフィナ達が居るのであろうと考えながら。


「……もう、行っちゃうのかな?」

「数日お世話になるだけでしたから」


 ルキの役目はとりあえず終えた。

 そもそも、あの魔道具を渡す事がルキの役目だった。それが終わればもうここには用がない。

 軽く一礼をした後、フィリスに向けてルキは口を開く。


「聖王国の事はお前に任せる……ただ、暴走はしないようにしてくれるとありがたい」

「そうしたら、君が止めてくれるだろう?」

「……俺はもう、お前の従者ではないからな」

「それは残念。友人が出来たようで嬉しかったのに」

「……」


 本当に友人と思っているのならば、その胡散臭い笑顔を見せるのはやめてほしい――なんて言葉が言えるはずもなく。

 静かにため息を吐いたルキは両手を上に伸ばしながら、息を静かに吐く。


「俺は、お前のような人間と友人になるのは、まっぴらごめんだ」


 冷たい赤い瞳が、静かにフィリスを捕えた後、ルキは転送魔術を使ってその場から消えていなくなる。

 一人になってしまったフィリスは、少し寂しそうな顔をしながら居なくなってしまった彼の姿を悲しそうに見つめる。


「それは残念だな……友人になりたかったのは本当の事だったんだけど」


 クスっと笑うようにしながら、消えていなくなったルキが居た場所に軽く一礼をした後、そのままルキが見ていた方向に視線を向ける。

 きっとあの先に、勇者と呼ばれていたアルが歩いているのかもしれない。その方向に視線を向けながら、フィリスは呟いた。


アルフィナ勇者様。あなたたちのこれからの旅に、祝福を」


 これから誰かに囚われることなく、自由に生きていてほしいと願いながら、フィリスは両手を合わせ、握りしめながら祈りを捧げている姿があったと言う。



 第1章、完

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