第32話、その瞳は憎しみを秘めている。【聖女サイド】
大司教と会話した一時間後に、何故かあの男がサルサの所に現れた。
「こんにちは、サルサ王女様」
笑顔でそのように挨拶してきた男に、サルサは見覚えがあった。
嘗て、魔王討伐の際に立ち寄った国でアルフィナに助けてもらった第一王子の姿だ。その姿を見たサルサは青ざめた顔をする。
『――ある国が聖王国に戦争を仕掛けようとしているのを、あなたは知らないのですか?』
大司教の言葉を思い出す。
どうして、考えていなかったのだろうと改めて後悔する。
目の前にいるこの男の国は勇者アルに救われた国だ。
当然、彼女に何かあれば間違いなくこの国を攻めに来るのはあの第一王子である男――フィリスが中心になって動くのは予想できた。
大司教の言葉で思い出せばよかったのだ。
「こ、こんにちわフィリス王子……わ、私に何か御用とお聞きいたしました」
「ええ、戦争をしようと「まてまてまて!」
笑顔でそのようにはっきりと答え始めるフィリスの姿を、後ろに居た黒髪の側近が慌てるような素振りを見せながら、王太子であり、第一王子である男の口を塞ぐ。
一瞬驚いた行動だったが、軽く小声でフィリスと何かをしゃべった後、ため息を吐いてフィリスから離れ、サルサに向かって一礼する。
「……失礼いたしました、王女様」
「え、ええ……」
(あれ、この側近、何処かで……)
再度、後ろに下がった男に視線を向けたサルサは、彼が何処かで会った事があるような気がしてならなかったが、今はそれどころではなかった。
先ほど、戦争をしようと、と言う言葉がサルサの耳に入ってきた。急いで止めたのは黒髪の側近だが。
フィリスは相変わらず、笑みを絶やす事なく、軽く咳払いをしてまっすぐな瞳でサルサを見る。
「……失礼、取り乱してしまいまして申し訳ございません。時間を作っていただいたのに」
「い、いえ……あの、それで……何故この国に戦争を持ち掛けようと言うのですか?それまでは仲良くやってきたと、国王……父が申しておりました」
「その国王は今、我が国に向かっているようですね。父に説得をするつもりなのでしょう。無駄に終わると思いますが」
「え……」
「――こちらには、『証拠』がございましてね、サルサ様」
そのように言いながら、笑っているフィリスの姿がとても怖い。
いやいや、そもそも、『証拠』と言うのはどういう事なのだろうかと驚いた顔をしながらサルサはフィリスに視線を向ける。
言葉を口にしようとしたのだが、喉に突っかかって何もしゃべる事が出来ない。
フィリスはあるモノをサルサに見えるように、置いた。
「……これは、ある『映像』を録画できる、水晶の魔道具でして。それを、ある方が私に渡してくれたのですよ」
「え……」
『ある方』と言うのは一体誰なのか、フィリスにはわからない。
そして、『映像』と言う意味も理解出来ないサルサだったが、フィリスが軽く魔力を流した瞬間、それは水晶の中に映し出されたのは、『あの時』の映像だった。
『――アルが、アルフィナが男じゃなかったから、嫌がらせで『偽勇者』にしたんでしょう?』
その映像はあの時、キーファが乗り込んできた時の映像だ。
サルサは青ざめる。
『……その通りよ!私は、アルが好きだった!『勇者』こそ、『聖女』の隣に立つのがふさわしいでしょう!お父様もそのように言ったわ!』
『ああ……君も父親、アルが女だって知らなかったっけ?』
『そうよ!!』
『それはお気の毒に……まぁ、今となってはどうでも良いけど』
「あ……ああ……」
知られてしまった。
勇者アルが、好きだったことを、そして嫉妬して地獄に落とし、罪人にしたことを。それを全て、肯定と受け取った姿を。
サルサが目の前のフィリスに視線を向けるが、彼は相変わらず笑っている表情を見せるが、瞳は、全く笑っていない。
同時に、憎しみが伝わってくる。
「……私の国は本当に勇者アルに救われたのです。民も、貴族も、全て知っております。それなのにあなたの国はたかが彼が『女』だと言う事で、偽物にしたのですか」
「そ、れは……」
「あなたの告白を断り、それに腹が立ったので、そのようにした、と」
「……」
「ふさげないでいただきたいですね、王女様」
目を逸らす事が出来ない。
このまま、目の前の男に殺されるのではないだろうかと考えてしまう。
この口ぶりからして、フィリスの父君である国王にも話が伝わっているに違いない。サルサの父である国王が簡単に帰ってこられるのかわからなくなってきた。
青ざめた顔をしながらいるサルサに対し、フィリスは再度息を吐き、呟く。
「……やはりこの場で殺すか「王太子」
静かに憎しみの言葉を呟こうとしているフィリスに対し、黒髪の側近が再度声をかけてきた。
フィリスに視線を向けている側近を見て、彼は息を静かに吐きながら、元の笑みになる。
「大丈夫ですよ、ルキさん」
「……はぁ」
笑顔で答えるフィリスに黒髪の側近――ルキは静かに息を吐いた。
そんな二人のやり取りに耳など傾けていないサルサは震えたままだ。
震える身体のまま、沈黙している。
「……ふ、フィリス様」
「何でしょう?」
「――フィリス様は私をどうするおつもりですか?」
涙をこらえるように、そして何か覚悟をしたかのように、サルサは両手をしっかりと握りしめるように、言ったのだった。
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