第07話、簡単に崩れ落ちる【聖女サイド】


 それからは簡単だった。

 グリードもアルには憎しみのような感情を持っていたらしく、お互い意気投合したと同時に、男女の関係になる。どうやらグリードはサルサの事が好きだったらしい。

 しかし、グリードは一人の女で終わるつもりはないらしく、それから愛人を二人ほど囲っている。

 同時にサルサも自分の美貌を武器にしながら、愛人を何人か自分の好みで選んで楽しんだ。


 同時に、アルの屈辱を忘れる事はなかった。


 冤罪を作りだし、サルサの言う事を何でも聞く父親――この国の王にお願いをしながら、彼女を冤罪にした。

 最初は抵抗していたアルだったが、味方が居ない事で沈黙を余儀なくされた。

 勇者ではなく、偽物だという事。真の勇者はグリードだという事。


 聖王国でアルを知らないものなどいない。


 勇者ではなく、罪人として彼女は冷たい牢獄に入れられる。

 散々、痛めつけた。

 苦しくて、辛くて――そのような表情をするアルの姿を見て、サルサは楽しんだ。


 アルは女だ。

 女と言う事もあり、彼女を複数人の男たちに凌辱させた。


 徐々に彼女は何も反応しなくなり、そして機能しなくんあってしまった。全て塞いだかのように。

 そろそろ殺してしまおうと思っていた時の、キーファの襲撃。


 キーファは有名な魔術師になってしまった。平民出身なのに。

 隣国の学園都市で彼女を知らないものはいないだろう。

 もちろん、魔王討伐の件も彼女は一緒に戦っていた仲間なのだから、知らない人はいない筈だ。


 そして、キーファにとって、アルは大切な友人だ。


 その友人を簡単に傷つけた事は、彼女にとって屈辱的な事なのかもしれない。怒るのは無理もない。

 一方的にやられた傷がよく染みる。

 いずれ、こうなるのではないだろうかと、サルサは静かに息を吐きながら、自分の身体をゆっくりと起こしながら、キーファの返答に答える。


 彼女はこのように言った。



「――アルが、アルフィナが男じゃなかったから、嫌がらせで『偽勇者』にしたんでしょう?」



「……その通りよ!私は、アルが好きだった!『勇者』こそ、『聖女』の隣に立つのがふさわしいでしょう!お父様もそのように言ったわ!」

「ああ……君も父親、アルが女だって知らなかったっけ?」

「そうよ!!」

「それはお気の毒に……まぁ、今となってはどうでも良いけど」


 冷めた目をしているキーファに対し、サルサは睨みつけている。

 キーファはどうやら攻撃をするつもりはないらしく、持っている自分の杖を握りしめながらサルサを見ている。

 傷だらけになっているサルサは自分の腕を白魔術で治しながらキーファを見て笑う。


「……で、あなた何をやったかわかってる?次期国王になる男とこの国の姫に手を出したのよ?あなたも犯罪者になるわ」

「別に構わないよ。そのつもりで君をボコボコにする予定だったから……どうやらお仲間のグリードも少し回復できたみたいだし」


 フっと笑うようにしながら答えるキーファが何故このように余裕を持っているのか、サルサには理解出来なかったが、このまま逃がすつもりはない。

 アルを助けたと言うのだから、彼女はまだ生きているのであろう。それならば、急いで使いをよこして彼女を殺さなければならない。

 グリードの回復が簡単に終わった後、彼は近くに置いてある剣を握りしめる。

 鞘を抜き、キーファに刃を向ける。


「【聖女】と【聖騎士】の二人に勝てると思ってるの、キーファ?」

「……」

「キーファだからって俺は容赦しないぞ?」

「あー……うん、容赦しなくても大丈夫だよ。予想外な事が起きたからそっちに目を向けちゃった……」


 そのように言いながら、キーファは呆れたような顔をしてため息を吐いている。

 『予想外』の事とはどういう意味なのか理解出来ない二人は呆然としていたのだが、その意味をすぐに理解した。


 突如、二人の身体に重みが伝わった。


「がッ……」

「ァあ!な、な……に?」


 胸を締め付けられるような感覚と、襲い来る重圧に何が何だか理解出来ない二人だったが、キーファの前に姿を見せた一人の人物にサルサは目を見開いた。

 

(ど、どうしてキーファの隣にあの女がいるの!?)


 目を見開き、驚いた顔をしながらサルサは状況が理解出来ず。

 しゃべる事も出来ないサルサとグリードの前に現れたのは、黒い翼を羽ばたかせながらゆっくりとキーファの隣に降り立った一人の人物。

 彼女の姿を知っているのは、魔王討伐に行った四人のみ。

 その人物は、アルたちにとって、敵だった存在だ。


「こんばんわ、佳い夜ですわね、キーファ様」

「こんばんわカナリア殿……まさかあなたが来るなんて、思いもしなかった」

「フフ、我がご主人様が必要に勇者様を探していたと言う事で……プラムから聞きました。どうやら見つかった、との事で」

「うん、見つかったけど……きっと君のご主人様、今のアルの姿を見たら絶対にこの聖王国滅ぼしかねない……」

「あら、私たちは元よりそのつもりでございますわよ?」

「え?」


「――どうやらここに来る前に勇者様にお会いになったそうで……酷く怒っていらっしゃっておりますもの」


 フフっと笑いながら答える女性の名を、サルサも、そしてグリードも知っている。


 魔王軍四天王の一人、カナリア。


 四天王はあの時滅びたはずなのに、どうして生き残っているのか理解できない二人に、キーファは頭を抱えながら呟く。


「あちゃー……アイツ、知っちゃったか。これじゃあ計画台無しじゃん」

「そもそも守るつもりはなかったらしいです」

「守る気なかったかー……じゃあ私は退散した方がいいなぁ。巻き添え食らいたくないし」


 そのように言いながら、キーファはまるで何事もなかったかのように逃げる準備を始めた後、言葉が出ない二人に向けて申し訳なさそうな顔をしていった。


「ごめん、恨むなら自分の行いを恨んでね」

「ちょ、な、なに、が……」


 サルサは何とか声を絞りだしたんだが、次の瞬間、今まで感じたことのない重圧が二人に襲い掛かったのである。


(何、これ……う、うえ、上に、何かが、いる?)


 震える唇でゆっくりとサルサは気配がする方向に目を向けた瞬間、突然天井が何かに斬られるかのように、崩れ落ちた。

 何が起きたのか理解できないサルサは呆然と天井に目を向けると、そこに居てはいけないモノが、存在した。


(ど、どうして……確かにあの時、アルとキーファが倒したはずじゃない……な、なんで……)


 サルサたちの前に現れたその人物は、既にこの世に存在するはずのない、倒したはずの『魔王』がゆっくりと姿を現したのだった。


 

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