第58話、彼女が許しても、俺は絶対に許さない【魔王サイド】


 嫌な予感がしているという事は、何か良くないことが起きる――しかし、胸騒ぎがするのは何故なのか、その時のルキは全くわからなかった。

 同時に、徐々に耳から聞こえてくる金属音の音。

 この音は剣同士がぶつかっている音だとすぐに気づき、ルキの頭の中に浮かんだのはアルフィナの存在だ。

 いつのならば、この森の奥にある広い場所で体力作りをしている。

 もしかしたら彼女が何かと戦っているのではないだろうかと思った瞬間、足が余計に速くなり、音が近くまで聞こえてくる。


(……アルフィナ!)


 彼女の姿が見えた時、ルキは思わず足を止める。

 何故かその時、彼女の姿が目に移り、放せなくなってしまった。


(……あ)


 綺麗な、剣の型だった。


 まるで、嘗ての彼女が戻ったかのように、綺麗な剣の型を見せながら目の前の人物にぶつかり合っている彼女の姿が、綺麗としか言いようがなかった。

 あの時、戦うふりをしている時も、彼女は笑いながらも、綺麗な剣の型で自分に向かっていたことを思い出す。

 ルキはそんな彼女の姿を重ねてしまい、目の前で戦うアルフィナの行動を止める事が出来ず、見惚れてしまいながらも。

 最後、彼女は戦う相手にこのように言った。


「――ごめんね」


 ――なぜ、謝るのだろうか?


 目の前の男はあの『聖騎士』と呼ばれた男、グリードだ。

 嘗て、アルフィナと共に魔王討伐を一緒に共にした仲間であり、同時にアルフィナを裏切った男だ。

 その男に、なぜ謝罪をするのかわからない。

 謝罪の言葉を聞いた瞬間、吐きそうになったルキは唇を噛みしめ、震える。

 同時に、彼女がグリードに見せていた視線が、気に入らない。

 表情は変わらないはずなのに、まるで瞳で感情を表しているかのような、そのように見えたからこそ、腹が立って仕方がない。


(……僕は、アルフィナにあのような目を見せられたことはない)


 狂った嫉妬だ。

 幼い頃一緒にいたアルフィナだったが、あのような目を見せる事はなかった。

 同時に、グリードにアルフィナの全てを見せるのが、嫌だった。


 彼女は容赦なくグリードを剣で斬りつけ、トドメを刺す事なく、何事もなかったかのように、背を向けて歩き出していく。

 残されたグリードはまだ息があるようで、死んではいない。


(なぜ、死んでいないんだあの男は)


 アルフィナは興味がなくなったのか、背を向けてそのままいなくなってしまい、グリードは何故かアルフィナが居た方向に手を伸ばしていたように見える。


 


 その行動すらも苛立ちを感じてしまったルキが出た行動は、簡単な事だった。

 同時に、どうせならと思ったルキはすぐさま目の前のグリードに対し、行動を移す。



「――何勝手に死のうとしているんだ、『聖騎士グリードクズが』」



 グリードの腹部めがけて足で蹴り上げ、攻撃する。

 そのまま転げ落ちるようにしながら痛みを声に通して叫ぶ姿を、ルキは冷たい瞳で見つめる。

 そのまま舌打ちをしたルキはぶつぶつと呟くようにしながら話し続ける。


「まさかアルフィナがグリードを見つけて斬るとは……予想外だったな」

「が、は……い、痛いッ……痛いからやめてくれ……」

「痛い?牢獄にいたアルフィナはもっと痛かった。この程度で済まされると思うなよゴミクズが……全く、本当、今のアルフィナは何を考えているのかわからん」


 そのように呟きながら、ルキは再度グリードに視線を向けると、このまま出血多量で死ぬかもしれない存在を見つめながら、再度ため息を吐き、行動に移す。

 ルキは軽く詠唱を呟いた後、グリードの腹部に向けて魔術を施す。


治癒ヒール


 ルキはグリードに対し、治癒能力を使った。

 その行動に驚いたのは、グリードの方だ。

 目を見開き、ルキに視線を向ける。


 魔王である存在が、聖職者と同じ、白魔法である『治癒ヒール』を使ったのである。


 呆然としながらルキに視線を向けていたグリードだったが、ルキはそれでも容赦なく冷たい視線でグリードに目を向けている。


「……まさか、治癒させてはい終わりだなんて思ってないよな?」

「え……」


 一本一本、指先を鳴らした瞬間、ルキは拳を握りしめ、そのまま顔面に拳を振り下ろし、グリードに顔面に拳を当てた。

 一瞬にして顔面に拳が当たったグリードはそのまま吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 叩きつけられた光景を見て、ルキは更に舌打ちをした。


「さて、とりあえず一発殴れたっと……意識は、飛ばしていないな。さて、どうするか……」

「な、なにを……」


 これから何か起きるのか、恐怖の顔に歪んでいる姿のグリードを見たルキは、悪人面のような顔をしながら笑う。

 そのまま再度、指先を鳴らし、もう一度グリードの顔面を殴り、吹っ飛ばすのだった。



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