第59話、本当に、何も感じていないのだろうか?
「……なにも、かんじなかった」
アルフィナは森の中で歩きながら、自分の右手と、そして持っていた剣を見つめていた。
グリードを斬ったのは自分の意志でもある。
斬ってしまったら、何か感じるかもしれないとも思ってしまったのだが、やはり何も感じない。
こんなものなのか――そのように思いながら、拳を握りしめ、足を止めた。
振り向くがそこには何もない。
あのまま、あの男は死んでしまうのだろうかと考えながら立ち止まっていた時。
「アルフィナさん?」
突然声をかけられたので振り向いてみると、そこには少し心配しているような顔をしている青年、ゼロの姿があった。
一瞬反応が遅くなってしまったが、アルフィナは目の前にいる人物がゼロだと言う事がわかり、反応を見せる。
「……ゼロ?」
「はい、ゼロです。どうしたんですか?なんか、無表情ですけど、心が別の方に行っちゃってるような顔をしているように見えますけど……何か、嫌な事でもありました?」
「……いやな、こと」
「……アルフィナさん?」
彼女の様子がいつも以上におかしいと感じたゼロは具合が悪いのだろうかと考えながらアルフィナを見ていたのだが、彼女は一瞬自分の動きを停止させた後、軽く深呼吸をする。
「大丈夫」
「え、でも……」
「――私は、大丈夫だから」
変わらない、いつも通りの表情を見せるアルフィナの姿に、ゼロは何も言えなかった。
いつも通りのアルフィナの表情のはずなのに、どこか違うような気がしてならない。
もしかしたら自分と出会う前に、何かがあったのだろうかと思いながらもう一度声をかけようとアルフィナの名前を呼ぼうとした時、まるでそれを拒絶するかのようにアルフィナがゼロの手に触れないように、一歩後ろに下がる。
伸ばした手が、拒絶されたという事に気づいたゼロは呆然とアルフィナに視線を向けると、彼女は変わらない顔でゼロを見た。
「ごめん、出来たら触れてほしくない」
「え、アルフィナ、さん?」
「……今日の体力作り、なしにしようか。私、今日は家に帰る――」
「やっぱり、何かあったんですよねアルフィナさん!」
視線を逸らすような形をとりながら、アルフィナはゼロを見ないようにしながらその場を去ろうとしたのだが、ゼロはアルフィナを逃がすつもりはなかった。
背を向けて家に帰ろうとしてきたアルフィナの手首を掴み、彼女を静止させる。
その手を振り払おうとしたのだが、ゼロの方がアルフィナより力があるため、振り払う事が出来ない。
「……ゼロ、出来たら放してほしい」
「放しません。けど、何かあったかは、聞かないです」
「……聞かないなら、放っておいてほしいんだけど」
「放っておけないよ、アルフィナさん。だって――」
ゼロが見たアルフィナの姿は、とても痛々しく、放っておけなかったのだ。
例え無表情でも、壊れてしまっても、アルフィナの顔を見ればわかる。
青ざめた彼女の姿を見て、放っておけるわけがない。
「もう一度言いますが、僕は何があったかなんて聞きませんし、聞く気もないです。けど、そんな顔をしてまで放っておけるほど冷たい男じゃないんですよ、僕は!」
「……ねぇ、ゼロ」
「なんですか?」
「――私、そんな酷い顔をしているか?」
感情なんて、感じる事がない。
アルフィナの心はすべて、壊れてしまった。
笑う事も、泣く事も、怒る事も、何もできない――人形のような性格になってしまった。
キーファはいつかアルフィナが笑える日がくればいいのに――そのように言っていたことを思い出す。
けど、アルフィナはもう、二度と笑えないかもしれないし、うれしいと言う感情すら芽生えてこない。
だからわからない。
――私は、一体どんな顔をしているのか?
震える唇でそのように答えるアルフィナの姿を見たゼロは目を見開き、どのように返事を返せばいいのかわからない。
息を静かに吐くようにしながら、ゼロはアルフィナに告げる。
「……すごく、酷い顔です。この世の終わりってぐらいの顔をしています」
「……私が、か?」
「はい、アルフィナさんが」
「……」
返事が出来ない。
まるで、喉に何かが詰まったかのような感触を覚えながら、アルフィナは自分の喉に手を伸ばす。
指先も震えているような、そんな感じがした――なぜ、震えているのかわからないのに。
「……あ」
「……アルフィナさん?」
様子のおかしい彼女にもう一度声をかけようとしたのだが、アルフィナはゼロの前でそのまま崩れ落ちるように地面に膝をつく。
突然地面に両膝を付けるように座ってしまった彼女をどうしたらいいのかわからず、慌てていると、彼女は何かを呟くようにしながら、唇を噛みしめる。
「……アルフィナ、さん」
「……私は、この手で、仲間だった人を斬ったはずなのに……裏切った相手なのに……」
「アルフィナさん?」
「――本当に、何も感じてないの?」
その時のアルフィナの表情は、目を見開き、ゼロに助けを求めるような、そのような顔をしていた。
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