第60話、あなたの力になれるなら。【ハーフエルフサイド】


「……大丈夫ですか、アルフィナさん?」

「……」


 まるで、助けを求めているような目をしていた。

 何故、助けを求めている目をしているのかと感じたのか、未だにわからないが、今彼女を放っておけないような気がしてしまった。

 ゼロはアルフィナが崩れた体を抱き上げるようにしながらそのままいつも彼女と一緒に体力作りをしている場所につき、反応のない彼女の体を座らせる。


「何か飲みましょう、アルフィナさん。今日僕、温かいモノを用意しておいたので……午後、雨降るらしいから冷えるかなーって思って」

「……」


 ゼロは笑顔を見せながらアルフィナに声をかけるが、アルフィナは反応しない。

 まるで、本当の人形のようになってしまったかのように感じつつ、あきらめないゼロは話をつづけながら、用意しておいた温かいスープをアルフィナにコップ一杯分渡す。


「まだ温かいので、温かいうちにどうぞ」

「……」


 受け取ってくれるだろうかと心配になってしまったが、アルフィナは反応を見せる事はなかったが、体は動いてくれる。

 指先が動き、手が動き、ゼロが渡したコップを受け取ったので、思わず安心しながらアルフィナを見た。

 アルフィナは湯気が出ているスープを見つめた後、そのまま口に近づけ、一口程口の中に入れた。


「……」

「ど、どうですか?実は久々にスープなんてもんを作ったので、おいしいかどうかわかりませんが、アルフィナさんの口に合うか――」


 笑いながらそのようにゼロが答えた時、一口啜ったアルフィナがこちらに目を向けている。

 変わらない、光のないような目。

 アルフィナのこの目は出会った時からこのようになっている。

 元々こういう性格なのか、それとも過去に何かがあったのか、ゼロにはわからないし、聞くつもりもない。

 もしかしたら秘密にしたい事があるかもしれない。


(僕はルキさんたちのように、長くアルフィナさんと一緒にいるわけじゃない。だからむやみに聞くつもりも、ない)


 もし、話してくれるような事があるならば、聞いてみたいし、受け入れたい。

 そのように感じながらアルフィナに目を向けていた時、閉ざしていた口がゆっくりを動き、ゼロをまっすぐ見つめる。


「……おいしいよ、ゼロのスープ」

「え、ほ、本当ですか?いやぁ、アルフィナさんにそのように言っていただけるのは、うれしいなぁー」

「……おいしい、あたたかい……」

「……アルフィナさん?」

(やっぱり、様子が変だ。何かあったのか?)


 アルフィナの体が微かに震えている。

 いつも以上に、何かあったのではないだろうかと考えさせられるほど、アルフィナの様子がおかしい。

 表には出さないようにしているのだが、明らかに動揺が見られている。このままにしておけないほど、激しい。

 コップを持つ指先が震える中、彼女はスープに視線を向け、見つめたままだ。


「……ねぇ、ゼロ」

「なんですか?」


「――もし、私がゼロの憧れている『勇者』だったら、幻滅する?」


「……え?」


 まさか、そのような言葉を言われるとは思っていなかった。

 どうして、そのような発言をアルフィナがゼロに向けていったのか、わからない。

 しかし、聞き流してはいけない、そのような気がした。

 相変わらず光のない瞳だが、彼女はスープから目線をそらし、自分の方に向けている。

 真剣な瞳なのだと理解したゼロは、話を続ける事にした。


「えっと……どうして、そのような話を僕に言いだしたんですか?」

「……僕は、『勇者』じゃない。君が思うような、存在じゃない」

「アルフィナさん……?」

「突然、『勇者』だと言われて、けど戦う相手は幼馴染だ。なら、世界を騙してやろうと思って、幼馴染のキーファと三人で……魔王を倒したフリをして、そしたら普通に暮らせると思ってた。けど、違った」

「違った?」

「……私は、無実の罪で牢獄に入れられ、それから痛い事ばかりだ。蹴られたし殴られたし、女だからそう言う事も無理やりやられた……そうしたらいつの間にか、何も感じなくなった」

「……ッ」


『一年ぐらい前、冤罪で『勇者アル』が投獄されて、その首謀者が『聖女』と『聖騎士』の二人だったって事』


 冒険者の友人であるカルメンがそのような発言をしていたことを思い出し、同時にアルフィナの苦しみが少しずつ、伝わってくる感覚を覚える。

 彼女の周りに巻き付く、『魔力』がとても辛い。

 まるで彼女自身の力が『光』ではなく、『闇』になり、飲み込まれそうになる感覚に、ゼロはやられそうだった。


(……これは、嘘じゃない。どんどんとアルフィナさんに『負』がくっついてくる)


 余程、苦しい思いをしたのかもしれない。

 もし、彼女が話している事が本当であるならば、ゼロは一体何をしたらいいのだろうか?

 彼女に出来る事はあるのだろうか?

 手を伸ばし、声をかけながら落ち着かせる事も出来ない。

 どのようにすれば、アルフィナと言う存在が落ち着いていけるのか、今のゼロには何もできない。

 それでも、ゼロは声をかけなければいけないと感じながら、肩を掴む。


「アルフィナさん!」

「っ……!」


 いつもより、声を出したかもしれないが、それはゼロにとってはどうでも良い事だ。

 声がいつもより大きかったせいもあるのか、思わずアルフィナは肩を震わせ、ゼロに目を向ける。

 呆然としながら視線を向けているアルフィナに対し、ゼロは両肩をしっかり掴みながら、アルフィナに話しかける。


「僕、アルフィナさんに何かがあったのか、どんな事が起きたのかわかりませんし、そもそも僕の事なんてどうでも良いかもしれないです!けど、今のアルフィナさんを見ると、放っておけません!」

「……ゼロ?」

「アルフィナさんが憧れの勇者様だとしても、そんなの今はどうでも良いです。どうしてそんなに落ち込んでいるのか、一体何を手放したのか……正直辛いです。いつものアルフィナさんじゃないような気がして、どうしたらいいのか僕にもわかりません。ただ、これだけは言えます!」

「え……」


「――僕も、力になりたいんです。アルフィナさんの事、大好きですから」


 ゼロは、そのように言った後笑顔でアルフィナに視線を向ける。

 例え、彼女が勇者だとしても、憧れた人物だとしても、ゼロにとっては今はどうでも良い事――彼女に一体何があったのか、何か自分が力になれる事はないのか、今はそれがゼロが考える事だ。

 相変わらず、変わらない顔を見せているアルフィナに、ゼロは再度笑いかけた瞬間、突然後頭部を手で鷲掴みにされる感触を覚えたのである。


「……なるほど、『大好きですから』か……それは流石にいただけんな、ゼロ?」


(あ、これ死んだ)


 背後から自分に殺意が向いているなと感じながら、ゼロは死を悟るのだった。

 

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笑わなくなった元勇者と笑顔を取り戻したい魔術師は新たに楽しい冒険を始める 桜塚あお華 @aohanasubaru

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