第20話、勇者と魔王①


「――眠れないのか、アルフィナ」


 体を動かす事はまだ難しい。

 結局あの後横になったのだが、結局眠れず目を開けたまま静かに天井を眺めていた。

 暗闇の世界の中、月夜の光だけが照らされている。

 軽く辺りに視線を向けると、プラムとカナリアの姿はなく、キーファはアルフィナの近くで気持ちよさそうに寝ている。

 聖王国の聖女たちの所へ行き、攻撃魔法やらなんやらを使ったと聞いている。余程疲れているのか、フフフっと笑いながら寝ている彼女の姿を眺めている時だった。


 隅の方で座りながら睡眠をとっていたはずのルキがアルフィナに声をかけてきた。


 アルフィナはルキに静かに向き、軽く頷く。


「今日、ずっと眠っていたみたいだから、眠くない」

「そうか、俺……いや、僕もだよ」

「……本当、随分変わっちゃったな、ルキ」

「アルフィナだって、すごく変わっちゃったよね……ごめんね、ずっと寝ていたから気が付かなかった」

「……助けを、求めようとはしなかったから」


 細くなってしまった腕。

 動かしていない両足。

 みすぼらしい顔。

 全て、あの頃とは全く違う姿になってしまったなとアルフィナは思った。

 そして、目の前にいるルキはいかにも男らしい姿になってしまったなと実感しつつ、ルキはその姿で幼い頃のようなしゃべり方で、アルフィナに声をかけてくれた。彼なりの気遣いなのかもしれない。

 ルキはそのままアルフィナの細い腕に優しく、壊れないように触れながら、唇を噛みしめる。


「もうちょっと苦しめても良かった気がするんだよね……キーファの気が済むまで」

「……流石にそれはやめてくれ、ルキ」

「どうして?一番怒って良いのはアルフィナなのに、君は全然そんな事考えていないような顔をしているよ?」

「過ぎた事なんだよ、ルキ」


 アルフィナにとって、あの地獄のような事は全て過ぎてしまった事なのだ。

 キーファやルキの二人は、『復讐』を考えているのかもしれない。いや、これからもそのような行動を起こそうとするかもしれない。

 しかし、アルフィナはそんな事全く考えていなかった、

 そのような考えに至らなかった。

 窓の外から見える月夜に目を向けながら、アルフィナは自分の胸に静かに手を置く。


「……ねぇ、ルキ」

「なんだい、アルフィナ」

「……」


 ルキに問いかけたアルフィナだったが、返事を返したルキに対し、アルフィナは口を動かさない。

 声をかけてきたのは向こうのはずなのに、と思いながら、ルキは再度アルフィナの名を呼ぼうとした。



「……私、ずっと、このままなのかな?」



「……え?」


 どうして、そのような発言をしたのか、ルキにはわからない。

 しかし、アルフィナの表情に目を向けると、彼女は変わらずまっすぐ月夜の方に視線を向けている。

 笑う事も、泣く事もせず、ただ静かにまっすぐ見つめているだけの事。ルキはそれを見て静かに唇を動かす。


「……このままって言うのは、アルフィナがずっと、人形のような顔をしているって事」

「そう言う事」

「……アルフィナは治したいと思わないの?」

「今のところは……迷惑をかけるかもしれないけど、治したくない」

「どうして?」


「今は……何も考えたくないから、なのかもしれない」


「何、も?」


 目を見開き、驚いた顔をしながらルキはアルフィナにそのように呟き、アルフィナはルキに静かに頷く。

 まっすぐな瞳が月夜から今度はルキに目を向けられる。

 ルキは逸らす事なく、まっすぐアルフィナを見る事にした。

 アルフィナの顔が、ルキに瞳に映し出されたのを見ながら、彼女は話を続ける。


「『勇者』として振舞ってきた。『勇者』として、女を捨てて、男として、周りの期待に応えてきたはずだった……『偽勇者』と言われ、『罪人』となって、周りのあの冷たい目を浴びた時、頭が真っ白になった」

「……アルフィナ」

「助けを求めたかった。キーファに、ルキに、けど……サルサはそれを許さない。もし、助けを求める事があったら、キーファを殺すと言われたから、何も言えなかった」

「腐ってるね、その聖女」

「……仲間だったから、そのように思いたくないんだけどね」


 嘗て、『聖女』として降臨していた聖王国の王女には、あの時面影なんてなかった。『聖女』だなんて、ただの肩書きみたいなようなモノに等しい。

 既にあの女は『聖女』ではない。

 ルキはサルサの名前が出た瞬間、可愛らしい顔から一変、悪人面のような顔をしたので、アルフィナはその顔を見て呟く。


「ルキ、魔王っぽくなったね」

「まぁ、色々と鍛えられたからね」

「そっか……まぁ、あの時対立していた時の顔はもっと怖かった」

「ハハっ……うまいでしょう、僕の演技」

「あれ、演技だったのか?そのように見えなかった」

「うん、演技…………うん、演技ダヨ」

「視線を逸らすな、ルキ」


 ハハっと笑いながら、ルキは視線を逸らし、彼女の発言に対し、肯定も否定も行わなかった。

 しかし、それ以上にあの時の『戦い』はルキにとっても、そしてアルフィナにとっても、周りを騙さなければいけなかった。


「あ、アルフィナ!無理に起こしちゃ……」

「少し体を起こしたいと思っていたんだ……手伝ってもらってゴメン、ルキ」

「良いよ、そのぐらい……友達だろう、僕と君は」

「……ああ、そうだったな」


 笑顔を向けながらそのように答えるルキの姿に、アルフィナは何も感じる事が出来なかった。

 何も感じる事が出来ない事に、少しだけ胸が痛んだ。

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