第21話、勇者と魔王②


 何処かの神のお告げにより、魔王を退治する勇者となったアルフィナ。

 しかし、倒す相手が長年一緒に、幼馴染として暮らしてきた少年、ルキだった。

 幼馴染三人は、世界を騙すために、数少ない協力者たちと共に、そしてルキがちゃんとした人生を送れるように――と言う事で計画をした『魔王討伐』。

 だが、アルフィナにとって予想外の出来事、自分時自身が『罪人』として聖王国にとらわれてしまったと言う事。

 そのおかげで、聖王国に魔王が現れた事がこれから、聖女と聖騎士の二人によって知らされる事になるだろう。


「……せっかく計画を立てたのに、意味なくなっちゃったな」

「仕方ないよ……まさかアルフィナが冤罪をかけられるとは誰も思わない。それに……」

「それに?」


「……僕は大切な『友人』が苦しめられているのを見過ごす程、バカじゃないんだよ」


 先ほどの笑顔は何処へ行ったのかわからない。

 しかし、次にアルフィナに見せたルキの表情は酷く歪み、悲しそうな顔をしている。同時に、聖王国で彼女を苦しめた奴らに対しての憎悪を持っているかのように、『魔王』としての顔になっている。

 アルフィナはその顔を見つめた後、静かにルキに手を伸ばす。


「ルキ」


 彼の名前を呼び、そっと頬に手が触れる。

 一瞬目を見開いたルキだったが、彼女が触れた指先が微かに冷たく感じてしまったのは気のせいだと思いたい。

 触れられた体温が、冷たく、そして悲しい。

 細くなってしまった彼女の手が、指が、全てが。


「アルフィナ、僕は本当に悔しい」

「ルキ、私は――」


「――僕は君たちが、君が、平和に暮らしていけると思ったから、『魔王』になったんだ」


 自分が犠牲になれば――と言う言葉に聞こえてしまったのは、気のせいだろうか?

 悲しい瞳を見せるルキの姿に、アルフィナの心が全く動くところを知らない。

 本当に、自分自身がこのように、壊れてしまったのだろうと改めて実感してしまった。

 無意識に、自分の胸に手を当てながら、アルフィナは静かに呟く。


「……本当、私は壊れてしまったんだな」

「アルフィナ」

「……私は、お前に寄り添う程の『心』すら、持ち合わせる事が出来ないんだ」


 友人として、寄り添う事が本来の人間なのかもしれないが、アルフィナの心は、『あの時』から壊れてしまった。

 身体すら穢されてしまったアルフィナは、今、自分の身体も、心も、何もかも全て、『汚らわしい』と思っている程。

 本来ならば、ルキの隣にすら居てはいけない気がしてならない。

 全て、ネガティブに考えてしまうのは、悪い事なのだろうと感じながら、アルフィナは再度、夜の空に目を向ける。


 再度、無意識に呟いてしまったアルフィナの言葉に、ルキはどのように返事をすればいいのかわからなかった。


「……ルキ、私は――」

「……アルフィナ?」



「私は、この世界で生きていて良いのだろうか?人として」



 笑顔を見せないアルフィナの表情は相変わらず、変わらない無表情だ。

 しかし、それでも、ルキにとってその言葉は胸に突き刺さってしまった。

 どうして、アルフィナなのか、と。

 どうして、アルフィナがここまで、追い詰められなければいけないのか、と。

 ルキは震える唇で精一杯の声を、アルフィナに聞かせた。


「……生きてくれなきゃ、意味がないよアルフィナ」

「ルキ」


「……僕は、君に生きていてもらわないと、困るんだ」


 感情がくしゃくしゃになりそうだった。

 アルフィナにその気持ちが伝わったのか、わからない。


 本来、ルキとアルフィナは敵対する存在だった。

 しかし、元々ルキとアルフィナは村に住む幼馴染だった。

 だからこそ、世界を騙す程の賭けをし――同時にアルフィナが壊れてしまった。

 ルキにとって、それは予期せぬ出来事で――もしかしたらこのまま彼女を失う事になってしまうのではないだろうかと考えるほど。


 生きていてほしい――その願いが彼女に届くかわからない。

 相変わらず彼女は無表情でルキの姿を見つめた後、一言。


「そうか」


 それだけ言うと、彼女はそのままゆっくりと、自分の痛みに耐えるようにしながら横になる。

 彼女が横になるのを確認したルキは静かに息を吐いていた時だった。


「ルキ」

「……何、アルフィナ」


「――ありがとう」


「…………え?」


 突然、彼女に感謝されたルキは驚いた顔をしながら呆然と横になっている彼女に目を向けるのみ。

 それからアルフィナはルキに声をかける事なく、静かに目を閉じ、ゆっくりと意識を集中させ、夢の中に入って行く。


 残されたルキはそんなアルフィナの感謝の言葉を聞いたと同時に、思わず呆然としながら彼女を見る。

 そしてそのまま、顔を真っ赤にしたルキは嬉しさがこみ上げ、静かに笑うのだった。

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