第26話、彼女の笑顔を取り戻す、絶対に③【魔術師サイド】


 魔王軍のやり取りに視線を向けながら、キーファは静かに息を吐くようにしながら、体の力を抜く。

 体の力を抜きながら、キーファは再度、アルフィナに目を向けると、静かに寝ている彼女の後姿を見ながら、再度、息を吐く。


(……家に帰るって言うのは、無謀だったかな?)


 アルフィナにとって、そしてキーファにとって、旅の途中で家族を失い、家を失ってしまったと言うのは大きなショックだった。もしかしたら、帰る事すらアルフィナは頭の中に入れていなかったのかもしれない。

 嘗て、暮らしていた村は、既に魔物の瘴気が充満しており、住める状態ではないと聞いている。しかし、聞いているだけの事だ。


(一度行ってみてから考えるつもりで……それに、あの場所ならば、追っ手は来ない筈だし)


 本来の目的は、アルフィナをあの聖王国の追ってから遠ざけるための行動だ。

 アルフィナは罪など犯していない。寧ろ、『奴ら』が彼女と言う存在を陥れたのだ

 もちろん、キーファはあれだけで許すつもりなんて全くない。


(これから先、穏やかに過ごしていけると思うなよサルサ)


 首謀者は聖女であり、聖王国の王女であるサルサ。

 アルフィナに片思いし、女性と言われた時に愛から憎しみに変わった、ただの女だ。

 そんなただの女が、『女』としての武器を使い、『聖女』としての武器を使ってアルフィナを簡単に陥れ、あのようにさせてしまった。

 キーファにとって、それが一番許せない。

 いつの間にかアルフィナは杖を強く握っていたらしく、それに気づいたのは幼馴染であるルキ。


「キーファ、杖握りすぎ……下ろしても大丈夫だと思うけど?」

「え、あ……うん、ごめん。なんか、握ってないと……」

「ここにいるのはキーファの敵じゃないよ。みんな、アルフィナと、そしてキーファを信頼している人たちだから」

「まぁ、それが魔王と魔王軍四天王って言うのはすごいよねぇ」

「そもそも俺……いや、僕達は幼馴染で友人だって言う事がありえないんだよ」

「ははは、言えてる」


 笑いながらそのように答えるキーファだったが、ルキはそんなキーファの姿に疑問を抱くようにしながら視線を向けている。

 その視線に気づいたキーファがルキに目を向け、首を傾げた。


「どうしたの、ルキ?」

「……無理、してないキーファ?」

「無理はして……ないとは言い切れないなー……なんていうか、気が抜けない感じ」

「それはわかるよ。アルフィナの事でしょう?」

「まぁね」

「……まだ、後悔してる?」

「後悔しっぱなし。ルキもでしょう?」

「……」


 キーファの言葉に、ルキは何も言えず、静かに頷くと、彼女と同じようにアルフィナの背中に視線を向ける。

 後悔している――彼女の事で。


 もっと早く、助ける事が出来たのではないだろうかと、何回も思っている。


 早く気が付いて、早く動く事が出来たのであれば、きっと助ける事が出来て、彼女の笑顔を失わずに済んだのではないだろうかと、何度も考えてしまった事がある。今も、後悔している。

 フフっと笑いながら答えるキーファにルキは声をかける。


「でも、もう過ぎた事……これからの事を考えればないといけない」

「うん、そうだよね。わかっているんだ……」

「けど?」


「……すごく、前に進むのが怖くなってきているのも、事実なんだよルキ」


 そのように言いながら笑うキーファの姿に、ルキは声をかける事が出来なかった。

 笑っていても、目が笑っていない。悲しみにあふれているような目をしていたからである。

 キーファは前に進む事が怖くてたまらない。

 選択する道はこれで大丈夫なのだろうかと考えてしまう程、気持ちが追い付いてこないのも事実だ。


(もし、間違った行動に出てしまったら、またアルフィナを傷つけるような事があったとしたら……)


 それを考える事すら、恐ろしくてたまらない。

 静かに息を吐き、とにかくいつも通りの顔に戻らなければ、いつもどおりの『キーファ』に戻らなければならないと思った彼女が顔を上げた時、彼女の隣に居たプラムがいつの間にか近くに居て、隣にいて、そして彼女の顔を見つめていた。

 その視線に気づいたキーファはその場で固まってしまう。


「変なことで追い詰めておられますね、キーファ様」

「ぷ、プラム……」


 目の前にプラムの顔があった事に驚いたまま、その場で固まっているキーファに対し、プラムは容赦なく彼女の額に指先を当てる。

 相変わらず無表情な顔をしているプラムは、何を考えているのか全く予想が出来ない。汗を流しながらキーファはプラムに目を向けている事しかできなかった。

 しかし、次に帰ってきた言葉は、予想外の言葉だった。


「大丈夫ですよ、キーファ様」

「え?」


「あなたがもし、間違った選択をしても、少なくとも私が隣にいらっしゃいますから、そんなに一人で思いつめたりしないでください」


 相変わらずプラムは無表情だ。

 しかし、その言葉を聞いたキーファは胸を貫かれたような感覚を覚え、同時に彼女が自分に慰めの言葉をかけてくれたのだと思った。

 ただ、それだけの一言なのに、キーファにとってその言葉がありがたかった。


「……ありがとう、プラム」

「私はあなた様のメイドなので」


 変わらない顔をしているプラムの姿に、少しだけ勇気づけられないキーファは自分の心に気合を入れるように、「うしっ」と言う声と同時に気合を入れるのだった。

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