第45話、復讐したいと言われても、もう、何も感じない。


「おはようございます、アルフィナ様」

「……ご飯、いつもより量が多い?」


 用意してくれた朝食がいつもより少しばかり量が多くなっていることに気づいたアルフィナがそのように発言すると、用意してくれたプラムが淡々と答えてくれる。


「キーファ様のご指示でございます。最近よく食べるようになったので、多めと言う事を言っておりました」

「ん……美味しい」

「今日はオムレツとサンドイッチ、あと、豆スープになります」


 盛り付けも完璧で、美味しそうに見える。

 この家で暮らし始めて二ヵ月以上経過したアルフィナはすっかりプラムの食事の虜になってしまった。

 口の中に広がる卵の味が未だに忘れられず、好物の一つとしてプラムが作ったオムレツがランクインしたぐらい、彼女の料理は美味しかった。

 美味しさを伝える事が出来たらよいのだが、今のアルフィナはそれが出来ない。

 反応はなくても、言葉は伝える事が出来る。


「……美味しい」

「ありがとうございます。食事に合う紅茶も用意させていただきますね」

「ん……」


 プラムはそのように言うと、そのまま後ろに下がり、台所へ戻っていくのを確認したアルフィナは、窓の外に視線を向けながら、プラムが用意してくれた朝食を一つずつ食べ続ける。

 そんなアルフィナの前に現れたのはルキだった。

 彼女が食べている姿を見ながら、あい向かいの席に座り、アルフィナに声をかける。


「おはようアルフィナ、良く眠れたか?」

「最近は良く眠れる……おはよう、ルキ」


 ルキの気配には気づいていたので、驚くことをしなかったアルフィナに感心しながら、静かに笑みをこぼしている。

 そんなルキに対し、アルフィナは疑問をぶつけてみた。


「そう言えばルキ、帰らなくて大丈夫なのか?」

「帰らなくていいって言うのは、『魔王城』ってことか?」

「うん、部下の人たちとかいるんでしょう?」

「ああ……まぁ最近は俺……じゃなくて、僕の方は休んでばっかだったからほとんどは四天王の二人に任せている感じ」

「……キーファのことが好きな人?」

「そう、そいつ」


 アルフィナが思い浮かべたのは、魔王軍四天王の一人、名前はギリュー。

 ルキを影ながら支えている人物でおり、そしてキーファに一目惚れをしてしまった人物でもある。ちなみにプラムの実の兄である。

 プラムがいつの間にかルキの分まで用意してそのまま台所の方に引っ込んでしまう姿を確認しながら、アルフィナはプラムが用意してくれた紅茶をゆっくり飲む。

 ルキも同じように、用意してくれた紅茶を一口、喉に通した後静かに息を吐く。


「正直恨まれそうな感じを覚えるんだけど、まぁ気にしないで……今は殆どギリューが仕事をしてくれているから、僕がやる事あまりないんだよね。因みにここに来る時もギリューが勧めてくれたんだ。本当ならば自分が行きたいはずなのにね」

「優しい人だね、相変わらず。キーファは簡単に渡すつもりはないけど」

「……アルフィナ、キーファのことになると目がちょっと変わるのは、変わらないんだねぇ」

「?」


 いつも無表情の顔をしていたアルフィナだったが、キーファの件が少しだけ持ち上がった時、少しだけ目が吊り上がったかのように見えたのは気のせいではない。

 ルキはふふっと笑いながら再度紅茶を半分ぐらい飲み干した後、アルフィナに目を向ける。


「言うか言わないか迷ったんだけど、言っちゃうね」

「ん?」


「グリードって男が近くにいるかもしれないんだって」


 その名前を口にしたルキに対し、アルフィナは一瞬だけ体の動きを止めた後、そのまま食事を再開する。

 台所の方で大きな音が聞こえてきたのをルキは気にせず、そしてアルフィナも気にしないかのように食事を食べ続ける。

 アルフィナのその姿を見つめながら、ルキは話を続ける。


「キーファは多分、アルフィナに気づかれないようにって行動を移すかもしれないけど、僕は言っちゃったほうがいいかなと思って言ったけど……どう思う?」

「どう思うって……」


「アルフィナはその男に復讐したくないのかな?」


 変わらない笑顔を見せてくるルキの姿を見たアルフィナは朝食を食べるのをやめる。

 台所から出てきたプラムは表情は変わらないが、どこか慌てる素振りを見せているような気がするのだが、アルフィナは気にしないようにした。


(ふく、しゅう……)


 アルフィナは嘗ての仲間であった裏切りモノ達を思い出す。

 醜い顔で自分を見てくるグリードの姿を、アルフィナは今でも忘れる事は出来ない。

 アルフィナの体を暴行した男の一人に、グリードが入っていた。

 体を傷つけたのも、グリードだ。

 自分を酷く、感情と言う言葉を捨て去った男の一人でもあるのだが、それでもアルフィナはグリードに対して、全く何も感じなくなっていたのである。

 その名前が出たところで、アルフィナにとっては、どうでもいい話なのかもしれない。

 再度、アルフィナはルキに目を向ける。


「……ルキ」

「なんだ、アルフィナ?」

「……なんか、その、グリードの名前が出ても、なんていうか……何も感じないんだ」

「え?」

「なんか、こう、ぽっかり穴が空いている感じ……確かにあの男は私に暴行を加えた相手の一人なのだが、それを聞いても、何も感じないんだ」

「……そうなんだ」


「……本当なら、憎んでもいいはずなんだけどなぁ」


 アルフィナはそのように呟きながら、窓の外に視線を向ける。

 綺麗な青空が広がっている世界を静かに見つめながら、アルフィナは残りの朝食を食べるために、口の中に一つずつ、ゆっくりと入れ始めたのだ。

 そんな彼女の姿を見つめた後、ルキはもう一度、彼女の名を呼ぶ。


「アルフィナ」

「ん?」

「君が何を感じていなくても僕にとっては大切なことでもある……少しだけ予想は外れてしまったけど、まぁ、良いか」

「ルキ?」


「……もし君の前に現れたら、処罰は僕に任せてもらって良いかな?」


 笑顔でそのように発言したルキの姿は明らかに異様だ。

 しかし、アルフィナはその件に対しても全く興味を示さなかったのか、ルキの発言に対し無表情の顔で頷くのだった。



 

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