第47話、戦えるようになったら
数時間後、プラムに手合わせを願ったゼロはそのまま崩れ落ちるように日向で倒れている姿を目撃するのだった。
「筋はとても良い方です。左肩の方がちょっと隙があるように見えるので、そこを直せば良くなるかなと思います」
「やっぱプラムはすごいね」
「恐れ入ります」
冷たい水をコップの中に入れるようにしながらそのように答えるプラムにアルフィナは頷くようにしながら、地面に倒れているゼロに再度視線を向ける。
ゼロは息をしているのか、していないのか、まるでぴくりとも動かないゼロに大丈夫なのだろうかと心配しつつ。
アルフィナは近づき、声をかける。
「生きてる、ゼロ?」
「い、いぎてます……は、はい……」
「プラム、強いでしょ?」
「……」
アルフィナの言葉を聞いているはずなのだが、ゼロは反応することなく死んでいるかのように倒れている。
彼女はそのままゼロに手を伸ばし、背中をちょんちょんと触ってみるのだが、動かない。
顔を近づけさせてみると、微かに吐息が聞こえてくるのがわかる。アルフィナはその声を聞いたので、そのままゼロの体を軽く持ち上げる。
「寝てる、プラム」
「日陰に誘導いたしましょう。熱中症になってしまいます」
「うん、わかった」
「では私は、反対側を持たせていただきます」
プラムは左、アルフィナは右を持ち、ゼロの体を持ち上げる。
瞬間、ずっしりとした重みがアルフィナに襲いかかってきた。
「大丈夫ですか?」
重さを実感していたことに気づいたのか、プラムが声をかけてきたのだが、アルフィナは首を縦に振り、大丈夫だという事を伝える。
プラムはアルフィナに従い、ゆっくりとゼロを日陰に誘導し、眠っている彼の体が負担にならないように、体を下ろし、寝かせる。
相変わらず気持ちよさそうに寝ているゼロの姿を、アルフィナは容赦なく頬に手を伸ばし、突く。
微かに柔らかい感触が、アルフィナに伝わってくる。
「アルフィナ様、いけません」
「……本来なら嫌がるよね」
「そのようですね……アルフィナ様、レモン水です」
「ありがとう、プラム。プラムも水分とって」
「恐れ入ります」
今日動いていたのはアルフィナではなく、プラムだ。
彼女の言う通りにしたプラムは懐から取り出した飲み物を口の中に簡単に入れた後、ふと何かを思い出したかのように、プラムはアルフィナに視線を向ける。
「剣の型を練習していたと、お聞きになりました」
「……昔の感覚を取り戻したかったから」
「練習して、戻りそうですか?」
「どうだろう……回復したと思ったら、実戦も考えないといけないなと思ってる」
「確かに。動けなければ、意味がありませんよね」
「近々キーファに頼んで、手合わせをお願いするつもり」
昔、よくキーファと二人で手合わせのような事を行ったことを思い出す。
キーファはある意味手加減ができないからこそ、アルフィナにとってとても良い訓練相手でもあった。
ただ一度だけお互い本気になってしまって、野営していた森の一部を半壊させてしまった事を思い出してしまい、顔を引き攣らせる。
「アルフィナ様?」
様子がおかしい彼女に声をかけ、心配している顔をプラムは見せたので、アルフィナはすぐさま声をかける。
「ごめん、昔の事を思い出していたから、別に具合が悪いとかそういうのじゃないから平気」
「それなら良いのですが……具合が悪くなったり、何か変化とかありましたら、ご連絡下さい」
「ん……」
「……アルフィナ様?」
アルフィナはプラムの発言に頷いた後、静かに何かを一点見つめるような素振りを見せてきたので、プラムは首を傾げる。
彼女は何も言わないまま、ゆっくりと自分が持っていた剣を見つめるようにしながらそのまま座り込み、同時に口を開こうとはしなかった。
(剣を、握る)
実戦を魔王討伐以降戦っていない。
いらないと思っていたものが、またのしかかってくるような感覚に、襲われている最中だ。
そんな中、アルフィナはもう一度、剣を握り、敵を薙ぎ倒すために、戦おうとしている。
(でもそれは、必要なことだとわかっている。ずっと、守られるのは、嫌だ)
アルフィナは助けられてから、ずっと守られたままだ。
この環境を変えなければいけないと考えているのだが、中々前に進めない。
(……私はこの先、敵を斬る事が出来るのだろうか?)
微かに指先が震えているように感じたアルフィナは自分の右手に視線を向けた。
(何を、恐れているのだろう、私は)
――すでに自分の体は、両手は、足は、血で真っ赤に染まっていると言うのに。
目を閉じ、拳を握りしめるようにしながら、アルフィナはそのように考え、プラムに目を向ける。
「戦えるようになれば、魔物退治とか、出来そうだな」
「ええ、応援しておりますアルフィナ様」
「ん……頑張る」
自分の『黒い気持ち』を胸の中にしまいこみながら、アルフィナはプラムにそのように告げるのだった。
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