第10話、勇者だった罪人は、他人を優先した。


 【勇者】――混沌に陥れようとしている【魔王】を倒す、平和の象徴。


 初めてそのように言われた時、アルフィナはどうして自分がそのような役割を持つことになってしまったんだと初めて後悔した。


 そして、友人であるルキが【魔王】になると言われた時は、この世界が終わりになったと思った。


 アルフィナにとって、唯一心が許せる相手が二人いる。

 キーファとルキだ。

 アルフィナには両親がいるのだが、自分が【勇者】になったと言われた時、まるで自分の事のように喜んだのを覚えている。

 だからこそ、アルフィナも嬉しく喜んだ。


 本当は、なりたくないだなんて言ってしまったら、きっと悲しい顔をするのだろうと感じたから。


「アルフィナ」


 幼馴染のキーファはいつもアルフィナのそばに居てくれた。

 勇者としてこの村を出ていくまで、キーファも、そしてルキも、毎日のように朝から晩までそばに居てくれたことを覚えている。

 この二人は、本当の自分の気持ちを知っている。


 だからこそ、世界を騙してやろうと言うキーファの願いを聞き入れたのだ。


 最後まで三人で笑いあい、いつか全てが終わったら何をしようか、という話をしていたような気がする。

 もし、全てが終わったら、【勇者】ではなく、ただの【平民】のアルフィナに戻れるだろうか、と期待しながら。


 結局はその願いも虚しく、アルフィナは【勇者】から【罪人】になった。


 毎日、痛かった。

 外も、中も、何もかも全て、痛めつけられた。

 だからこそ全てを諦めた。

 痛みも何もかも感じなくなるように、言い聞かせながら。



   ▽



「……?」


 誰かが自分の名前を呼んでいたような気がしたのだが、痛みのある体をゆっくりと起こしながら、アルフィナが目を向けた先に居たのは、あのメイド服の女性だった。

 女性、プラムはアルフィナが目を覚ましたことに気づき、急いで彼女の傍に行くと、膝を地面につけてお辞儀をする。


「よく眠れましたか、アルフィナ様」

「あ……うん、えっと……誰か、私の傍に居た?」

「少しの間だけですが魔王様……いえ、ルキ様がおそばに」

「……目覚めたんだ。仮死状態から」

「そのようです」

「……」


 アルフィナはそのまま、プラムに視線を向けている。

 プラムも視線を向けられていることに気づいたので、思わず首を傾げながらアルフィナに目を向けた。

 ジッと目を向けたまま、アルフィナはプラムに声をかける。


「見ないとよくわからないけど……あなたから魔の匂いをかすかに感じる」

「ええ、感じると思います。私は魔人とエルフのハーフなので」

「……半分エルフだったんだ。ハーフは大変そうだな」

「色々と大変ですが、今はキーファ様に雇っていただき、メイドとしてキーファ様のお傍に居させてもらっております」

「魔王軍四天王なのに?」

「……」


 プラムはアルフィナの言葉を聞いた瞬間、一瞬無表情だった顔が揺らいだ。

 寧ろ、予想外の事が起きたからなのかもしれない。

 一瞬驚いた顔をしたプラムだったが、すぐにいつもの顔に戻り、問いかける。


「……どうして、私がそのようなモノだと思うのですか?」

「一度、会ってるから」

「え?」

「魔王城で、ルキの隣に立って居ただろう」

「……顔とか結構変えていたと思うのですが」

「顔が変えていたとしても、魔力と、そしてその瞳は忘れない」

「……勇者様は、よく観察されているのですね」


 笑うこともなく、無表情に答えるプラムにアルフィナは何も反応することが出来なかった。

 もしかしたら笑っていたのかもしれないと思ったが、アルフィナはその笑みを見過ごしてしまう。


 アルフィナはプラムを何処かで見たことあるような気がしてならなかったのだが、近くで見てはっきりした。

 目の前にいるのは、魔王討伐に言った際に隣に居た、協力者の魔王軍四天王の一人の人物だ。

 顔や髪色、体つきも変えてしまっているらしいが、魔力の濃さとその瞳の色は変えることができない。はっきりと理解した。


 ふと、プラムは彼女の細い手を優しく握りしめるようにしながら、静かにアルフィナを見つめた。


「私たちが色々としている間、アルフィナ様も色々とあったようですね……助けることができず、申し訳ございません」

「それは別に構わない……私が、望んで知らせることをしなかったんだ」

「ここまでボロボロになって、助けを求めなかったのですか?」


「……私は、君たちまで失いたくなかったんだ」


 大切な友人たちを、アルフィナは失いたくなかった。

 キーファは夢のために進んで隣国に行ったのに、助けを求めることなんて出来なかった。

 ルキは寝ている状態だったから、無理に起こすつもりはなかった。


 サルサは聖王国の【聖女】であり、王女でもある。


『逃げようとしたら、あなたの大切な人たちがどうなるか……わかっているわよね、アル?』


 サルサは蔑むような目でそのように発言した事を思い出す。

 もし、痛みに耐える事が出来ず逃げてしまったら、キーファ達に被害が及ぶ可能性が出てきたからこそ、何も言えなかった。


「私は、自分より他人を優先した……だから、自分を傷つけた」

「アルフィナ様……」

「……おかげで最近は、痛みすら感じなくなってきたから」


 そのように告げたあと、アルフィナは自分の右手に視線を向ける。

 ひどく、傷ついている右手を見たところで、アルフィナは何も感じなかった。

 ただ、一つだけ思ったことがある。


(私の手は、私の体は、ずいぶん汚れてしまったな……)


 そのように感じても、アルフィナの心には悲しみなど、感じる事が出来なかった。

 例え体が生きていたとしても、心はすでに死んでしまっているのだろうと、その時初めて自分の状況を理解するのだった。


 


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