第36話  丁(ディン)氏の村

(人質に取られてしまった……ディン氏の村?なんか聞いたことがあるような……?』


 翠の風の力で半日飛び続け、翠とアシュレイは人間の集落と思われる場所に到着した。

 そこは、新しい世代の者が、村を作ったばかりなのだという。

ディン氏の村』だと村の中心人物である、金髪で金の瞳のライが言ってきた。


『君は、人間じゃないね?大きな気配を持っている……そしその子は、小さすぎる気配だし、僕らの仲間にはなれそうもないね』


 ライは、翠とアシュレイに言った。


『ここから南に向かって行きたいんだよ。どうすれば、この樹海を出れるか教えて欲しいんだ』


 アシュレイは、驚いていた。翠は、完全にレトア語で話しているのだ。

 外見も、始めは髪の色が落ちている程度であったが、今は綺麗な白金色になっていた。瞳の色も淡い緑の色になっていて、顔立ちもだんだんと日本人離れしていたのだ。

 おそらく、翠は自覚していない。


 ずっと、この世界で暮らしていく翠には当たり前のことなのだ。

 いつかは、地球世界に帰るアシュレイは悲しく思った。


『しばらくは、ここでゆるりとされたらどうだ?』


 他の者が言った。


だん?」


あおいや、桔梗ききょうたちの繁殖期が近付いている。新しい血を入れるのも我が一族の繁栄のためではないのか?」


『弾……翠殿は、だだの人間ではないのだ』


『雷? どういうことだ?』


『この世には、我が一族が敵わぬ種族がいると長老が言っていただろう』


『ああ……』


『それが、竜族よ。あおい桔梗ききょうも竜族とは契れまいよ』


 翠は、テルヌの時のことを思い出して、一刻も早くこの村を出ることを考えた。


(どうも、この世界は、性に対する観念がおかしいぞ!)


 翠の常識とは、かけ離れていた。


『そうさな……試す価値はあるかもしれん。契らなくても、精気の抜けるばくりきモモアンズキクを連れてこい』 


 この村の長たるライダンに命令した。

 やがて集められたのは、翠よりも若干年下に見える、若者たち五人だった。


『お前たち、この翠殿から食事が出来るかやってみろ』


 すると、一番小柄なキクがアシュレイを見て、追いかけまわして捕まえた。


『あたし、この坊ちゃんが気に入ったわ!頂きま~す!!』


 と言ってアシュレイの身体を抱きしめた。


 他の四人は、翠の身体のあちこちに触れてきた。そして次々に悲鳴を上げるのであった。


「熱い!!」


「あつ!!」


「いや~~ん!火傷したわ!!」


「!!」


 翠には、この反応に記憶があった。南の魔族の地でオーキッドと言う女の魔族と握手をした時と同じだ。


(待てよ、オーキッドは、自分の事をディン族と呼んでいたぞ。ここは、ディン氏の村……。ここは、魔族の村なのか……?)


 一方、アシュレイを抱きしめたキクと言う女の子もアシュレイからは、精気が抜けずに困惑していた。


『やはり、竜族からは精気さえ抜けぬのだな』


『アシュレイを離してくれよ!!』


 翠は、怒ってライに言った。


『この子の精気が抜けないのは何故だい?』


 不思議そうに翠を見てライは、アシュレイをキクから離してくれた。


『君たちは、魔族なんだな?人間を襲う……』


『食事をするのに、人間が必要なだけだ……我らは、そこまで意地汚くないぞ。新しい世代は、人に触れただけで食事するからな。それより、そっちの坊やのことだ』


『簡単だよ、アシュレイの身体は、本来別世界にあるのさ。だから、不死身だよ。分かったら、ボクたちをここから解放して人間の村を教えてよ』


『そちらから飛び込んできたのに、何も手土産も無しにか?何かおいて行け』


『ボクたちは、大山脈を越えてきたんだ。大陸の南の先端に君たちの仲間がいるよ元気に暮らしていたよ。それじゃあ駄目?』


『我らには、心話と言う術が使えるのだ。仲間が何処でどうしているのかくらいは知っている』


『じゃあ、どうすれば?』


『せっかく、そちらからやって来たのだ。こちらは、もうすぐ繁殖期に入る雌が三人いる。そいつらに食事をさせてやらねばな。

 ここから、西に山を降りると村がある。適当な若者を連れてこい。ああ、そこの小さな少年は置いて行くのだ。逃げられては大変だからな』


『卑怯だぞ!!』


『何とでも言え、我らはそうやって永らえて来たのだ』


 ライの言葉が合図のように、翠は集落の外に放り出されたのである。


(どうしよう……アシュレイを人質に取られてしまった)

 

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