第19話  ロイルの長と翠

「そなたが、魔法使いと契約を切った竜か!?」


 ロイルの長のエスターは、プルプルと震えながら人型になった翠を怒鳴りつけた。

 翠は、ちっとも怖くなかった。

 良く見れば、翠のあったイグニス女神に似ているがそれだけである。おつむが弱そうだ。……と17歳の翠に判断されてしまった。


「ボクの心臓を返して、仲間のところへ行かせてください!!」


 翠は真っすぐに、エスターの目を見て堂々と言った。


「竜の分際で生意気な奴だな……」


 エスターは、不気味に笑った。


「あんたが一族の長なんて、誰が決めたんだよ!! 皆を苦しめる戦争を始めるなんて!!」


「私が、神の直系の子孫だからだが? 何か文句でもあるのかな?」


「あんたの一族が、この世界の人間を導いてるのは分かったよ。なら、もっと、別の方法で、みんなを幸せにすれば良いじゃん」


「実に、生意気だ。ザイラス。この者の心臓をここへ持って参れ」


 エスターは、神官服を着た禿げた銀色の瞳の男に命じた。

 翠は、嫌な予感がした。


 やがて、翠の前に拳大の虹色に輝く球体のぎょくが持ってこられた。


「これが、何か分かるか?」


「ボクの心臓……? か……」


「この心臓は、高価に売れるのだ。西域辺りで売りに行って、二度と心臓を取り戻せない竜となっても良いか?」


 エスターの顔は限りなく歪んでいた。


「それともこの心臓は、取ったばかりでまだ、柔らかい。この場で握り潰してやっても良いのだぞ」


 エスターは、ザイラス神官の持って来た虹色の球体を手に取った。

 高価だという竜の心臓も、ロイルの長にはただの玩具でしかないようだ。


「やめろ!! 人の命を何だと思ってるんだ!!」


「そなたは、人にあらず竜族だ。私もただの人では無い。神の血を引く選ばれた者なのだ。故にこの世のことは、私が決める。邪魔をする者は竜のそなたとて、許しはせん!!」


 エスターは、玉を片手で持って、思い切り握り出した。


「や、やめろぉ!!」


 エスターは大地の力で、握力をあげているようだった。


 翠は見ていられなかった。


(ボクの心臓が……ボクの心臓が……)


 ついにまだ石化して間もない竜の心臓の玉は、「パリン」という高い音よりも、鈍い音をたてて、粉々になったのである。


 目の前で自分の心臓が、無残に潰されたのを見た翠は、ショックのあまり気を失ってしまった。


(人間の味方をして欲しい……ラルカはそう言ったけど出来そうにないよ)


 エスターの馬鹿笑いだけが、翠の耳にいつまでも残った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る