第8話  竜の心臓

 この世界の竜は、心臓を取られても生きていられる。

 これは、外科的な意味で本当に竜の心臓を取り出すのではなく、竜の力の源たる核を魔法で取り出すことを言う。


 この『竜の心臓は』は、非常に美しく虹色に光輝き、人間世界の王族、権力者が欲しがるものである。

『竜の心臓』自体には、人間にとって何の力が無い為、ただのお飾りだ。

 でも竜にとっては、自分の体の一部を奪われることで、奪われた相手に支配されたことを意味している。


 もちろん、身体的にもつらい。


 すいは、身体のしびれが取れた後も身体が怠かった。

 しばらく動けずに、竜の身体に戻って魔法使いたちの野営地から少し離れたところに、たくさんの柔らかな草を引き詰められた寝床を用意してもらい、そこから動くことが出来なかった。


おさ、翠殿は女神の意向で、この世界に竜として転生してきたそうです。何か特別な力でも持っているのでしょうか?」


 エリシスが、ロイルの長に問いかけた。

 長は、遠目に翠を見て、


「女神の意向だろうと竜は竜だ。我々の役に立ってもらう」


「魔族が、近ごろ増えすぎてきましたからね」


「お前の勇者召喚も役に立たぬしな!あの勇者もいっしょに連れて来たのか?面倒は、そなたが見るのだ。魔法も使えぬ、剣も使えぬ勇者だとは!!」


「すいません」


 エリシスは、小声で謝った。


 アシュレイ・ロット勇者は、逃げ出す絶好の機会だった訳だが、彼もこの世界のことには疎かった。

 彼は、エリシスの召喚によって招かれた勇者だった……はずだった。だが召喚されたアシュレイは、勇者にあらず普通の人間でも無かったのである。


 竜の翠の傍に、アシュレイが現われた。


「大丈夫……? 痛くない……?」


「勇者が泣くなよ」


 おずおずと声をかけてくる、アシュレイに翠は、目を開けて言った。


「お、オレは勇者じゃないよ……召喚士のエリシス様が、ロイル家の近親者だから、召喚を失敗したと言えずに誤魔化しているんだ。本当は、さっき、オレを始末して来いって命令されて、二人でいたんだ。お前はオレの命の恩人だよ……今回も……」


 気怠さの方が勝って、翠にはアシュレイ勇者の言葉は耳に入ってこなかった。


「竜には、人間の毒が薬になるんだって。これ、エリシス様がオレに飲まそうとした毒だよ。飲んでみて。楽になれたら嬉しいよ」


「竜のボクが怖くないの?何度もチビってたじゃないか……」


「だって、首も持ち上げられないくらい弱ってるじゃないか……

 オレは、毒の処分が出来る、君は身体が楽になる……。お相子だろ?」


 そう言って、キジトラ色の髪の勇者は、何かの球根をすり潰したであろうものを竜の翠の口に流し込んでくれた。

 とても苦いものだった。

 おそらく、人間であれば劇薬だったはずだ。

 だが今の翠には、とても身体が暖かくなってきた。


 いつしか、翠は寝息をたてて寝てしまった。

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