第34話  水竜のおやつの翠

 上の方から、もう五回鈴の音が聞こえて、翠とアシュレイの前の大きな扉が開かれた。

 途端に水に浸かってしまった翠たち。

 翠は、竜身で交渉するよりも、人間の身体の方が楽だと考えてワザと人型のままでいた。


 扉が前に開かれると、そこにいたのは翠の知る東洋ドラゴンだ。確かに水の神ではあるけど……人を食らうとは……。


『まだ贄の時でもないのに、呼び出しとは……おやつか?』


 翠は、水竜の目の前に出て行って言った。


『人を食らうなんて、それでも竜族かよ!!神と崇められてるからって良い気になるなよ!!』


 身体中に空気の泡を纏っていた。


 水竜はキョトンとしている。


『??何か空耳が聞こえたか? 悪口が聞こえたように思うが……』


 そして、首を左右に振って何かを探した。

 そうしたら、目の前に小さな米粒ほどの人間がいたのだ……。

 嫌、気配はその数百倍はある自分と同じ竜族なのだと水竜は直ぐに理解した。


『何か用か? 人間のフリをして我に近づくとは』


『名前を聞きに来ただけなんだけど、贄とか、死人を食らうとか聞いてちょっと、お話しようよ』


『その容姿は、風竜か? 名前だと?』


 水竜は、完全に翠を馬鹿にして口角を上げた。


『我は、三百年も前からこの地で、神と崇められている。そこら辺の風竜と比べられても困るな』


 そこら辺の風竜と聞いて翠は、カッとなった。


『でも、贄なんて取らなくても良いじゃないか!!』


『ここは、もともと貧しい寒村な上に、魔族が南下して来て住みづらい地域だったのだ。我のおるおかげで、魔族はこの村には出だしせぬ。

昔……一人の娘が我のもとへ来て言ったのだ。「水竜様のお力で魔族の撃退と一族の繁栄をお願いします。私は水竜様のもとへ参ります」とな。我は、娘の父親に約束として娘を貰ったことを夢枕で告げた。その約束が今まで継続されているだけのこと。他人のそなたが、この湖の水神である我に、村の約束を破れというのか?』


『でも……でも……』


『ああ、そうだな。名前の件であったな。我はもう長く水神様と呼ばれてるゆえに、もう本当の名前は思い出せぬな~~』


 嘘であることは明白だ。だが翠には、次に出てくる言葉が見つからなかった。


『お願いです。ボクは、日向翠です。名前の一部でも!!』


『我のおやつにならずに済んだことを感謝しろ!!同胞を食ったなどと他所の竜に知れたら恥だ。我を怒らせた罰だ。何処となりと行くがよい!!』


 湖から大きな水柱が立ち、北の方へ向かって行った。 



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