第35話  北国の不思議な樹海

 大きな水柱は、やがて竜巻になって周りの木々をなぎ倒してようやく収まった。


 翠は、竜身になってアシュレイを受け止めた。


 何処まで来たのか分からないが、懐かしい潮の香りがしたので、大陸の北の海岸線まで来てしまったようだ。水竜の力の凄さを改めて知った。


 辺りは針葉樹の森だった。南の地方に比べて、気候も寒い。

 お腹の空かない二人だったが、それでも夜に休むことは必要である。


 特にアシュレイは、子供の身体の分疲れるのかよく眠ることが多くなった。

 猫だからかもしれないが……。



 ▲▽▲



「ねぇ、翠君。ここは何処?」


「大山脈の北側の、さらに、北の地方だよ。海の匂いがする。海岸が近いと思うよ」


 アシュレイが、ぶるっと震えたので、また、お漏らししたのかな?

 と思ったら、本当に寒さに震えていた。


「火を付けるよ、アシュレイ、近くへおいで」


「うん」


「水竜を怒らせてしまったもんな。風竜の巣に帰れないなぁ……」


自嘲気味に笑う翠に、アシュレイは、怒っていった。


「慎重にした方が良いって言ったのに、聞かないからだよ」


 これでは立場が逆転だ。と、翠は思った。

(ボクが、アシュレイを護らないといけないのに……。ボクが説教をされる側になるなんて……)


 翠は軽いショックを受けた。


「明日には、帰ろう」


「そうだね、もうここには用はないよ」


 アシュレイの言葉に、頷く翠である。



 ところが二人が不時着したのは、針葉樹の樹海のまん中であった。

 方角が分からない上に、針葉樹の木がぎっしり生えていて、一度人間の姿に戻った翠は、巨大な竜の身体にはなれなかったのである。


 風の力で飛ぶことは出来たが、完全に方角が分からなくなってしまった。


「翠君、今日で三日だよ。もう風竜との約束の日だよ?」


「帰る方が先決だろ? くそ! この針葉樹の樹海は何処まであるんだよ」


 翠は、少年のアシュレイを抱き抱えながら、出来るだけ高く飛ぶが、同じような針葉樹の木しか見えないのである。


 しばらく、潮の匂いを頼りに飛んでいたら、竜の翠の目に不思議な色に光る集落のようなものを見つけた。

 当然この時点では、アシュレイには何も見えない。


「集落っぽいものがあるぞ!!」


「オレには見えないけど?」


「多分、竜の目だからだよ。ほんわかした灯りが見えてるよ。人間の集落だ!良かった~~」


 翠は、心底安心したように言った。


「翠君、こんな樹海の中に、人間が住んでるなんておかしくない?」


 アシュレイは臆病な上に慎重なのだ。

 対して翠は、楽観主義者でお人好しであった。それが翠の正義でもあった。



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