第2話 拠点候補地
『入口がなくなった』
『通れなくなった』
『出入りが出来なくなった』
『誰も出られない』
『入っても来られない』
ダンジョンにただ一つしかない出入り口に向かう道すがら、コメント欄ではそんな言葉が目立っていた。
「消えた?」
塞がった、ではなく?
どこか引っ掛かりを覚える表現に小首を傾げながらも進むことしばらく。見慣れた地形の先でダンジョンの玄関が顔を見せる。
「……マジか」
リスナーの言う通りだった。
出入り口が消えている。
崩落などがあって瓦礫が塞いでいるなんてことではなく、まるで最初からそこに何もなかったかのように忽然と姿を消していた。
なにもない。痕跡すら。
残っているのは、たしかにここに出入り口があったという、すべての冒険者が共通して持っている記憶だけ。
ただの壁と化したその前では、何人もの冒険者が立ち尽くしていた。
『ぶち破ればいいじゃん。これだけ冒険者がいるんだし』
『もうやってる。無理だった』
『ダンジョンって破壊不可能だろ、たしか』
『正確には壊せるけどすぐ直るが正解。壁自体もすげー硬いし一瞬で直るしで無理ゲー』
『じゃあ、もう無理じゃん』
「いや、一つだけ脱出する方法がある」
冒険者なら誰もが知っている基本的な知識。
「ダンジョンを攻略すればいい。最奥に到達すれば外に転移できるはずだ」
これは過去に実証されている。
このダンジョンよりも小規模なものだったけど、たしかな事実だ。
『それこそ無理ゲーじゃね?』
『いやでも、もうそれしかないし』
『可能性が少しでもあるほうに賭けるしかないと思う』
『ダンジョンの破壊はもっと無理だし、それしかないわな』
『お、向こうもちょうどそんな話になってきたっぽいぞ』
立ち尽くした冒険者たちの中で、一人の男がみんなを先導するように声を上げた。
俺とそう歳の変わらない青年。
「みんな、聞いてくれ。ここで項垂れてても時間の無駄だ。ダンジョンの破壊は無理! 諦めよう!」
きっぱりと残酷なくらいに彼は言い切る。
「俺たちが今すべきことは団結して生き残ることだ。そうすればダンジョンの最奥にだって辿り着ける算段がつくかも知れない」
彼の意見は正しい。
実際、多くの冒険者にとってそれ以外に取れる選択肢がないのは明らかだ。
彼はそれをいの一番に言葉にした。
目の前にはあったはずの出入り口を未だに諦め切れない冒険者が殆どの中で。
「一緒に頑張ろう! きっと最奥に辿り着けるさ!」
状況にそぐわない底抜けに明るい言葉。
場合によっては一笑に付されてしまうような台詞だけど、それに勇気づけられた冒険者たちの顔が持ち上がる。
「よ、よし! 俺はやるぞ!」
「あたしも! 絶対に家に帰ってみせる!」
「今日何日だ? 来週、見たいドラマがあるんだが」
「流石にそれは諦めろ」
にわかに活気づく冒険者たち。
彼らはこれから一致団結し、このダンジョンで助け合いながら共同生活を送るのだろう。
そう、彼らは。
『あれ? ハジメちゃんどこいくの?』
『あ、まさかこの期に及んで』
『まだソロ続けるつもりかよ!?』
『マジ? 流石に頑固すぎね?』
「いいんだよ、俺は一人で。俺がいたら……」
『いたら?』
「とにかく、ソロは止めない、継続だ。俺ならなんとかなる」
冒険者たちに背を向けて、俺は俺の判断で行動することにした。
リスナーからの理解を得られなくても一向に構わない。
俺は俺だけのために魔法を唱える。
あの時そう決めたんだ。
「そうと決まれば先ずは拠点作りからだ」
『食料と水の確保からでは?』
「そっちは持ち込みが三日分あるし、アルミラージの肉があるから平気。身を隠せる場所を用意するのが優先かな」
ダンジョンは危険で過酷な環境であるが故に、冒険者にとって休息は非常に重要な要素になっている。
その質が生存率に直結すると言っても過言ではないくらいに。
今後、このダンジョンで暮すなら安全な拠点作りは絶対の必須事項だ。
『候補地は?』
『場所は重要だ、場所は』
『水があるところだろ。川とか池とかのほとりがいい』
「その通り、水が使い放題だし魚が釣れる。これだけで食料と水の問題が解決だ。この辺だと……」
頭の中でダンジョンの詳細な地形を描く。
「そうだな、湖のある樹海エリアか、川のある平原エリアか」
どちらも水質がよく、飲水可能なことが知られている。樹海エリアには果物や茸もあり、平原には狩りやすい草食の魔物が多い。
『平原エリアだろ。食肉の確保が圧倒的に楽』
『いや、樹海エリア一択。魔物はどこにでもいるし、食べられる野草も多い』
『樹海は迷うぞ』
『でも今後を考えると栄養バランスは重要だろ? 樹海のほうが食べられるものが多い』
『とはいえ狩りで死んだら意味ないからな。比較的安全な平原エリアのほうが生存率は高くなると思うけど』
様々な意見のコメントが流れていく中、両派閥の意見を聞いた上で、俺の中で結論が出る。
「よし、樹海エリアにしよう」
『決め手は?』
「平原エリアのほうに人が集まりそうだから」
『またそれかよ!』
「俺はソロがいいの!」
とにかく決まりだ。
『そりゃ、集団生活するなら平原エリアだけどさぁ』
『一度の狩りで纏まった量の肉が手に入るし、食糧問題的に平原エリアしか選択肢がないまである』
『樹海エリアより遥かに動きやすいしな。障害物ほとんどないし』
「だからこそ敢えて樹海エリアに拠点を構えるんだ。建材には困らないぞ」
撮影ドローンと一緒に二万人にまで膨れ上がったリスナーを連れて樹海エリアへと向かう。
ダンジョンサバイバルの始まりだ。
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