第49話 田園風景

 水の流れるどこか聞き覚えのある牧歌的な音がして、田んぼの気配が耳に届く。

 導かれるように進んだ先では、頭を垂れた稲穂が一面に実っていた。

 見事な田園風景だ。


「おー、凄いな。ちゃんと田んぼだ」


 幾つかの用水路と幾つもの田んぼ。

 機械などないこのエルフの里では、しかし手作業ではなく、魔法によって収穫が行われているようだ。

 地を滑るように吹いた風が稲穂の根本を断ち、巻き上げられて一処に集められている。

 米の一粒も無駄にしないぞという気概が見える収穫方法だった。

 それなりに長くダンジョンに入り浸っているけど、まさかこんな光景が見られるとは思わなかったな。


『エルフも米を食う時代か』

『見慣れた風景にエルフがいるのすげー違和感あるな』

『異物感やば』

『これ、もうちょっと先に進んだら茅葺屋根からぶきやねの家が建ってるだろ』

『くっそ寂れた村がありそう』

『ひび割れたアスファルトが絶対あるわ』


 これで色々と作れるようになる。

 やっぱり日本人には米だ。


「精米してるのは……あそこか?」

「水車がありますよー、あの小屋」


 残念ながら茅葺屋根じゃないが、水車が横付けされた小屋がある。


「水車の回転を利用して脱穀や精米を。昔ながらの方法ですね」

「エルフにとっちゃ最新だろうけどな」


 米という食材が現れたのも、エルフの時間感覚からしたらごく最近のことのはず。

 何もかもが最新のはずだ。

 でも、こうして広大な田んぼを作るあたり、エルフの舌にも合った証拠。

 お陰でこの悲惨な状況下でも米が手に入る。


「さて、なにと交換してもらおうか」


 水車小屋に向かいつつ、異空間にしまった物リストを頭の中で開く。

 エルフは基本的に、この樹海エリアから出ることはない。だから他のエリアで取れた物がいいと思うんだけど。


「リリシア」

「なんだ」

「この里に不足してる物とかある?」


 そう聞くと、リリシアは難しい顔をした。

 たぶん、俺たちに、人間に、里の外の者に、ある種の弱みのようなものを見せたくないんだろうと、察せられた。


「そのような物はない……と、言いたいところだが」

『お』

「塩が足りない」


 塩。

 エルフの分類は亜人とされているけど、だからと言って人間と何もかもが違うわけじゃない。

 生きるために必要な成分が共通していることもある。


「どうして塩が足りなくなったんだ?」

「元々はこの地でも塩泉が湧いていたが、時を追うごとに減少していったのだ」

『まぁ、エルフって長生きだしな』

『塩泉も無限じゃないし』

『いつかは枯れるわな、そりゃ』

「それでも貴様ら人間との貿易でこれまで賄えていたが……」

「ダンジョンが閉じた、ということですね」


 同時に貿易関係も途切れてしまったか。


「近く、探索隊が別の地へ遠征に向かうことになっている」

「エルフがここ離れるのか? そりゃ、切羽詰まってるな」


 エルフがこの樹海エリアの外に自ら向かうなんて相当なことだ。

 それにこの話をするってことは、今は少量でもとにかく塩がほしいということ。

 俺たち個人が持っている塩なんて高が知れてるとわかっているはずなのに、それでもか。


「ハジメさん、ハジメさん」

「そうだな」


 ちょうど水車小屋につき、その場で異空間を開く。取り出すのはもちろん、ゴーレムモドキから採掘した岩塩だ。


「それは……」

「この岩塩とその採掘方法。それと米を交換ってことでどうだ?」


 こちらの提案を受けて、リリシアはまた難しい顔をした。

 エルフと人間の間に元々貿易関係があったのはさておくとして、リリシア自身はなるべく人間の手を借りたくなさそうだ。

 借りを作りたくない、と思っているのかも。

 けど、それでも。


「……いいだろう。頼む」


 リリシアはゆっくりと頭を下げた。

 取引成立だ。

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