第54話 おにぎり
「そうだ、忘れるところだった。ほら、伊那。プレゼントだ」
「へ? プレゼント? あ! ドライヤーだ! やったー!」
三色丼を食べ終えたタイミングで、作って置いたドライヤーを渡した。
伊那は俺が思うよりずっと喜んだ様子で受け取り、魔力を流し込んで起動する。
吹き抜けた風が伊那の髪を攫う。
「あー! 我々はー、宇宙人だー!」
「伊那、はしたない。扇風機じゃないのよ」
「えへへー、ちょっとやってみたくって」
顔に当てていた風を髪のほうへ。
鼻息混じりに手櫛で髪を解かす姿は、とても嬉しそうだった。
「それとこれが熱風と冷風の切り替えフィルター」
「おー! 至れり尽くせり! お風呂上がりが楽しみー!」
「よかったわね。伊那が手の掛からない子になっちゃった」
「ママー!」
「ママはやめて」
これだけ喜んで貰えると、作った側としても嬉しい限り。
伊那の希望も叶えられたことだし、本格的に引っ越し先を決めないとな。
今よりもっとダンジョンの奥のほうへ。
明日から方々を巡ってみようか。
§
「あ、ハジメさん。おはようございます!」
翌日の早朝、朝飯の仕込みでもと小屋を出ると、珍しく伊那が早起きしていた。
この時間はまだ雲雀も寝ているのに。
と、思ったけど、片手に持ったドライヤーと濡れた髪で想像は簡単についた。
「おはよ。朝風呂してたのか?」
「正解でーす! 気持ちいいんですよー。朝のお風呂もドライヤーも!」
「随分気に入ったんだな」
「えへへー」
ニコニコ笑顔の伊那にこっちまで嬉しい気分になりつつ、朝食の準備に取りかかる。
米が手に入ったのなら、やっておかなくてはならないことがある。
まずは飯盒で米を炊き、その間に岩塩を細かく摺り下ろしておく。
作るのはなんてことない、ただの握り飯。塩むすび。
でも、これが、この味が、堪らなく食べたくなってしまう。
なんでも手には入って食べられていた頃には、決してと言っても過言じゃないくらい湧かない感情だったのにな。
「あ、そうだ。伊那」
「はーい?」
「人の握った握り飯って食べられるか? 一応、手は綺麗に洗ったし、魔力で膜を張ってあるけど」
「あー、どうでしょう? お母さんのはよく食べてましたけど……まぁ、私はそんなに気にならないかも。雲雀ちゃんはどうだろ?」
「人によっちゃ手袋してても嫌って言うからな」
本人に握ってもらうのが一番か?
「私なら気にしませんよ」
と、考えているうちに答えのほうからやって来てくれた。
米が炊ける間に目が覚めたみたいだ。
「よかった。じゃあ、人数分握っちまうか」
「おにぎりだー!」
「お米と言えばこれね」
「シンプルな塩むすびだけど、具のほうはまた後々な」
地上ではメジャーな具でも、このダンジョンだと実現が難しいものが多い。
現実的なところ言えば鮭や高菜あたりか。鮭じゃなくて別の魚になりそうだけど。
でも、焼きおにぎりなんてのもありか。醤油をたっぷり付けてじっくり焼けば――ダメだ、猛烈に食べたくなってきた。
明日の朝にでもと思っていたけど、追加でもう一個握って置こう。
「あー! ハジメさんがズルしてるー! 私もそれ食べたーい!」
握ったおにぎりの表面に醤油を塗っていると伊那にバレた。
流石に目敏い。
「焼きおにぎりですか。いいですね、醤油の香ばしい匂いが……」
「わかったわかった。二人の分も作るって」
更に追加でもう二つ握り、遠火でじっくり焼き上げる。
完成したら早速朝食にしよう。
「いただきます」
こいつを平らげたら、引っ越し先探しに出発だ。
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