第62話 蹄鉄島

 翼の生えた有角の白馬、ペガサス。

 両翼を扇ぎ、空を駆る姿は悠然としていて勇ましくもある。

 その姿を遠巻きに眺めつつ、小島から小島へと橋渡ししながらペガサスの住む島へと近づく。


『こえー』

『落ちたら一巻の終わり』

『玉ひゅん配信』

『魔物に襲われたら一発だな』

『鳥の魔物とかいねーの?』

「いるよ。いるけど、基本的に縄張りから出てこないって感じだな」


 群島エリアにいる魔物はそれぞれ、生息する島から離れることはない。

 島々によって独自の生態系が構築されていて、そこですべてが完結している。

 まぁ、それでもはぐれた魔物が来たりはするだろうけど、その時はその時だ。

 自分や雲雀と伊那を支えているこの橋の耐久には念を入れているし、橋の上で応戦するくらいのことはできるはず。土の上で戦うに越したことはないけども。


「こうして自分から近づかない限りは平気」

『じゃあヤバいじゃん』

『橋崩されたら終わり』

『ハジメちゃん今まで楽しい配信をありがとう』

『ハジメちゃんのことは忘れないよ』

『追悼チャンネル登録』

「人を勝手に殺すな。チャンネル登録はありがとう」


 雲雀と伊那を残しては死ねない。

 まぁ、順番があるとするなら俺が先であることを願うけど。


『まぁでも笑い事じゃないからな、実際』

『ほかのも見てるけど、最近配信されてないのも多い』

『配信の最終日見てあっ……ってなる』

『ダンジョンから出られないんだもんなぁ』

『マジで気を付けて』

「……雲雀ちゃん雲雀ちゃん、そう思うと私たちって……」

「そうね。とても幸運だと思う。ハジメさんに会えて」


 助けを求める二人を前にして、俺の個人的な主義の妥協点を見付けられなかったら。二人を見捨てる判断をしていたら、最悪の結末が待っていたかもな。

 もう二度と配信されない名前も知らない誰かのチャンネルのように。


「もうすぐだ。空に注意して進もう」

「はい!」


 最後の橋を掛け終え、ペガサスが住まう島に足を踏み入れた。

 青々とした森林を円形に取り囲むように、島を縁取るようにして山脈が聳え立っている。

 上からみると丁度、馬の蹄鉄ていてつみたいに見えるかも。

 蹄鉄島だな。


「ペガサスは基本、ずっと空にいる。寝るときもな。じゃあそんなペガサスが降りてくるのはどんな時だ? はい、伊那」

「えーっと……たしか、あ! 水分補給!」

「お、正解だ。よく知ってたな」

「えへへー。実は今朝こっそり雲雀ちゃんに教えてもらってたんですよー」

「今朝教えたのに一瞬、思い出すのに時間が掛かったのが気になるけど」

「でも、答えられたもーん」

「いいね、伊那に150点」

『ガバガバ採点』

『ゲロ甘採点』

『親バカ採点』

「誰が親バカだ」


 下りてきたペガサスは孤立しがちで、地上で戦っても上空にいる仲間が気付かないことも多い。飲食と排泄の瞬間が一番危険なのは自然動物も魔物も変わらないってことだ。


「水場を探そう。待ってればペガサスが降りてくる」

「はーい!」


 山脈に取り囲まれた森林に足を踏み入れ、時折枝葉に覆われた天井を見上げながら水場を探す。魔物の雄叫びと鳥のさえずりが木霊している只中で、流れる水の音を聞き分けて進むと、山脈から流れ落ちる滝を発見した。

 広く空けていて、ほかの無害な魔物もここで水を飲んでいる。


「いいね、ここで待とう」

「滝の風がきもちー!」

「音も凄いわね」

『滝の音でなんにも聞こえない』

『耳がぁぁあああ!』

『ノイズしか聞こえなくて草』

「おっと、設定変えとくか」


 滝からは距離があるし、ここに立っていてもうるさくはないけど、撮影ドローンの設定と滝音の相性が悪いみたいだ。ペガサスが来ないうちに丁度良い塩梅に変更しておこう。

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