第63話 ペガサス
滝の音を聞きながら吹く風を浴びていると、滝壺の周辺に影が落ちる。
それは大きな両翼が大部分を占めていて、頭上を見上げると真っ白な天馬が太陽を背に駆けていた。螺旋を描くようにゆっくりと下り、浅い水辺に着地すると、周囲を警戒した様子で水面に口を付けた。
水を飲みながらも耳はぴんと立って忙しなく動いている。
一番無防備な瞬間だけあってペガサスの警戒心もかなり引き上げられていた。
すこしでも危険が迫れば即座にこちらの存在に気付かれる。
滝の音に紛れるか? いや、わざわざ滝の近くで水を飲んでいるんだ、聞き分けに自信があるはず。今この場にいる距離でギリギリ。これ以上は近づけない。
となると、正面突破だな。
「第一に気を付けるべきことは?」
「逃がさないこと!」
「そう。飛ばれたら分が悪い。地面に縛り付けとく必要がある。それと仮に飛ばれたら日を改めよう。空が飛べるからって一人で追い掛けないように」
「肝に銘じておきます」
「よし。じゃあ、一番槍は伊那に任せた」
「私ですか?」
「俺たちの中で伊那の魔法が一番速い。狙うのは足下」
「よーし! やっちゃいまーす!」
伊那の魔法が稲光を発し、雷鳴を伴って放たれる。
「イルミネイト!」
雷の速度で飛来した魔法に、ペガサスは反応した。反応が間に合った。
攻撃とほぼ同時に回避動作に入り、飛び跳ねるようにして蹄が水面から離れる。
「おしい!」
「いや、上出来」
うまく行けば水辺を介して感電させられたけど、回避されるのは織り込み済み。
跳び上がったペガサスに向けるのは、事前に弓に番えておいた矢。引き絞ったそれを解き放ち、雷には劣るがそれでもペガサスが次に行う回避動作よりは速く、鏃はペガサスの翼を射貫く。
「縛り付けた。行くぞ、二人とも!」
「はい!」
茂みから飛び出て、もう飛び立つことの出来ないペガサスへと駆けた。
飛べなくなったペガサスの脅威度はぐっと下がっている。
先をいく二人ならあっという間だろう。
「伊那! 上!」
「見えてるから大丈夫!」
一度、雷の魔法を見たペガサスの次なる行動はもっともなものだった。
感電を避けるための大きな跳躍。水面を離れ、その蹄が向かう先は二人の頭上だった。
ペガサスの全体重を乗せた硬い蹄の一撃をまともに食らえば一溜まりもない。
けど、大丈夫。
ダンジョンに幽閉されてから今日までの短い期間で魔法や戦闘の技術が向上する幅は正直に言って小さい。けど、それ以上に価値あるものがある。場数を踏んだことによる経験と、それに伴う度胸だ。
それがあれば生存率は飛躍的に高まり、簡単に負けたりしない。
出会った当初の二人ならいざ知らず、今や雲雀と伊那は立派な冒険者だ。
振り下ろされた蹄を簡単に躱した二人は左右からペガサスを挟み込み。
「アトモスフィア!」
「イルミネイト!」
疾風と迅雷による挟撃がペガサスを襲い、その命を刈り取る。
もうルーキーとは呼べないな。
「えへへ! やりましたよ! ハジメさん! 褒めて褒めてー!」
「偉い偉い。よく頑張ったな、二人とも」
「ありがとうございます。頑張りました」
二人を残して死ぬわけにはいかないけど、俺がいなくても生きて行けるようになる日はそう遠くないかもな。
『ところでペガサスの素材で何作るの?』
「それはもちろん」
『もちろん?』
「靴だよ、靴」
ペガサスの亡骸に目を落とす。
「ペガサスの素材で空飛ぶ靴を作るんだ」
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