第64話 蹄

 群島エリアは空に浮かぶ島々で構成されている。大急ぎで落下防止柵を設置したとはいえ、落下の危険性がなくなった訳じゃない。そこで俺から提案したのがペガサスの素材で作った空飛ぶ靴。

 まぁ、正確には空を歩くための靴なんだけど。


「必要なのはペガサスの蹄だ」

『翼のほうじゃないの?』

「ペガサスの翼に飛行能力はあんまりないんだよ。翼はあくまで補助で、メインはこっち。ペガサスの蹄は空中を捉えることができるんだ」

『空を歩けるのか』

『あぁ、だから空中で寝られるのか。立ったままだろうけど』

『基本、立ち寝とか欠陥生物だろ』

『マグロだって泳ぎながら寝てるんだぞ。立ち寝くらいがなんだ』

『あれ、でも蹄って四つしかなくない?』

『二足しかできなくて一人あまるな』

『まるで俺の学生時代のようだ』

『今もだろ』

『やめろ』

「大丈夫。実は一足、自分のを持ってる」


 昔、まだ俺がパーティーを組んでいた頃に作ったものだ。

 すこし古いけど、まだ十分に使える。

 そう言えばあの時もこうして人数分の靴を作ったっけ。

 今は遠い記憶の彼方だ。


「さぁ、拠点に帰ろう。靴が出来るまで落ちるなよ」

「はーい!」

「飛行手段を持ってないのは伊那だけなんだから本当に気を付けてね」

「わかってるよー。あ! ハジメさんの足跡の上歩いちゃおー!」

「はっはー。そりゃいい」

「ハジメさんが落ちたら私も落ちまーす」

「それはダメ」


 昔のゲームじゃないんだから。

 なんてことを言いつつ、ペガサスの亡骸を異空間に仕舞う。

 あとは拠点に帰るだけだ。


§


 うっかり足を踏み外して奈落の底へ、なんてこともなく。

 俺たち三人とドローン一機は無事に引っ越したばかりの拠点に帰還できた。


「まずは蹄を落としてっと」

『残りの皮で靴を作るの?』

「いや、今履いてる靴か予備に合体させるつもり。それに」

「この状態じゃ皮は使いものになりませんね」

「なめすにも時間が掛かっちゃうし」


 風に刻まれ、雷撃で焼かれ、ペガサスの皮はお世辞にも状態がいいとは言えない。

 俺の魔法は形状は変えられても形質は変えられないから、いきなり皮をなめした状態には、実は出来なかったりする。


「ま、革靴は追々だな」

『翼のほうは使わないのね』

「んー……まぁ、なくてもいいけど。折角だし何かに使うか。ほら、二人とも予備の靴だして」

「えーっと……あったあった!」

「私の予備はこれです」


 二人から予備の靴を受け取る。

 ある程度、履き均されてはいるものの、ほぼ新品と変わらない状態だ。


『どんな匂いする?』

「だ、だめ!」

「大丈夫。嗅いだりしないから」

『流石にどうかと思う』

『シンプルにキモい』

『配信コメントにもマナーというものがあってだな』

『ここは無法地帯じゃないぞ』

『無法地帯なのはダンジョンの中だけだぞ』

『申し訳ありませんでした。ついうっかりいつものように言ってしまいました。深く反省して今後はお店でのみそう言った趣旨の発言をすることをここに誓います』

『普段からこんなこと言ってんのかおめぇ』

『常習犯かよ』

『ここで誓うな』


 はた迷惑なリスナーもいたもんだ。


「靴の匂いを嗅ぐお店?」

「伊那。そこに触れちゃいけない」

「えー?」


 世の中には色んな需要があって、数多の供給がある。

 つまりそういうことなんだ。

 深く考えてはいけない。


「あとハジメさんさっきからずっと鼻声ですけど」

「鼻で息をするのを止めてる」


 もともとそんな気はなかったが、意識すると感覚が敏感になってうっかり靴の匂いを嗅ぎ取ってしまうかも知れない。

 俺はなんでこんな苦労を?

 まぁ、いいや。手早く靴を作って鼻呼吸を解禁しよう。

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