第59話 針

 アイアンニードルの針を、錆びているものもそうでないものも一切合切攫って異空間に放り込む。その足で中央島の仮拠点まで戻ると、そのまま仕分け作業に取りかかった。

 錆びて使い物にならないもの、錆びてはいてもまだ使えるもの、錆びていないもの。

 仕分け作業はもちろん、ゴーレムたちの仕事だ。

 あと錆びた針を磨く作業も。


「リスナーさんが見たらまた怒られちゃいますよー」

「いいの。こいつらはこれが仕事なんだから。代わりにやる?」

「やだー!」

「俺も」

「私も」


 手が茶色になって錆臭くなるのは勘弁だ。

 それに破傷風のリスクもある。病気とは無縁のゴーレムたちが適任だ。

 仕分けされ、磨かれたものが目の前に運ばれてくる。

 それらを幾つか手にとって確認すると、色合いがすこし違って見えた。


「もしかして鉄以外にも食ってるのか?」

「あ、これちょっとだけ銀色が混ざってますね」

「わっ、ホントだ。こっちは金色がある!」

「これは……思ったよりもずっと宝の山だったかもな」


 山の島に住んでいるアイアンニードルは、俺たちの予想を遙かに超えて、多くの種類の鉱石を食べていた。これだけ種類があれば、もし撮影ドローンが破損しても問題なく修復出来るようになるかも知れない。


「でも、ここから更に仕分けが必要ですよね」

「その辺は心配ないよ。俺の魔法は対象の構造もわかるから」

「え、そーなんですか?」

「まぁ、なんとなくだけどな」


 ほぼ感覚だけど、これで間違えた試しはない。

 たぶん、俺の魔法に付随した効果なんだろう。


「ゴーレムの作業が終わったら後で纏めて分離しとくか。それまでは……そうだな」


 針の一本から鉄を分離して形を再構築、成形するのは針は針でも釣り針だ。

 ちゃんと返しもつけてある。


「釣りでもしてのんびり待つか」

「えー? 私がビリビリーってしちゃえば直ぐなのにー」

「風情がないなー、それじゃあ」

「おじさんぽーい」

「伊那。それは禁句だ。大人の趣味といいなさい」


 なんてことを良いながら湖の島に移動し、三人横並びで水面に釣り針を垂らす。

 エサはこれまで狩ってきた魔物の屑肉を再利用した。

 食いつきがいいといいけど。


「あ。き、来た! 来ました!」

「お、やったな。ゆっくり持ち上げるんだぞ」

「雲雀ちゃん頑張れ!」


 竿と糸と釣り針だけのシンプルな釣り竿だけど、耐久性はばっちり。

 折れそうなくらいしなりはすれど、釣り竿は見事に引っかけた獲物を水面まで持ち上げた。水飛沫を上げて魚が跳ねる。手繰り寄せた糸を持って、雲雀は嬉しそうにしていた。


「結構でかいな、四十センチはある」

「四十センチ……」

「いいないいな、私も釣りたい! 絶対釣る!」


 そう意気込んだ伊那だったけど。


「お、俺も釣れた」

「私も二匹目が」

「まだかなー」


 一時間後。


「なーんーでー! 私だけ釣れなーい!」


 俺と雲雀はそこそこ釣れたが、伊那だけは坊主だった。

 エサも場所も同じで、たびたび釣り竿も交換したんだけどな。


「伊那、平常心よ。苛立ってると魚も逃げるわ」

「だってぇ」

「ほら、深呼吸して」

「すー……はー」


 釣れない苛立ちを一度飲み込んだ伊那は落ち着きを取り戻した。

 だからなのか。いい加減、湖のほうが伊那を哀れんだのか。

 釣り竿が大きく沈み込む。


「来た!」


 用意していた椅子から立ち上がった伊那は、渾身の力を込めて釣り竿を持ち上げる。

 湖の底から引き上げられた影が輪郭を帯びて水面を飛び出したのは、その直ぐあとだった。


「やったー! 釣れた釣れた! わーい!」

「おお、こいつはまたデカいな。五十センチだ」

「いえーい! 雲雀ちゃんのよりおっきいー!」

「競っていたつもりはないけど、よかったわね」

「うん! 今日のメインディッシュに決まり!」


 小躍りする伊那を温かい眼で見守りつつ、今日のところはこれでお終いだ。

 そろそろゴーレムの作業も終わったはず。

 まだアイアンニードルの針を何に使うか決めてないけど、それは追々にしよう。

 住めば都って言うけど、案外慣れるもんで特に不便も感じない。

 これはもう本拠点をこっちに移してもいいかもな。

 明日、本拠点に帰って本格的に引っ越しの準備を始めようか。

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