第60話 本拠点

 引っ越し先を群島エリアと決めてから、その翌日のこと。

 樹海エリアに帰ってきた俺たちは、さほど日数も経っていないのに、どこかほっとした気分になりながらも本拠点に帰ってきた。

 いざ引っ越しとなると名残惜しくなるもんだ。

 ダンジョンっていう劣悪な環境の中に建てた拠点とはいえ。


「今日中に荷物を纏めて明日には引っ越しだな。お披露目配信もしないと」

「何日ここを空けていましたっけ? 魔物に荒らされてなければいいんですけど」

「張ってた罠は作動してないし、大丈夫じゃないか?」


 夜間や不在時に拠点を防衛するための罠は、当然だけど張ってある。

 先ほどちらりと見たけど罠は変わらずにあった。

 引っ越す前に罠も回収しておかないとな。


「帰ってきたー! わーい!」


 本拠点の玄関に向かって駆ける伊那を眺めつつ、ふと視界の端にある焚き火跡が目に付く。一見して何の変哲もないように見えるけど、灰の状態がやけに新しい気がする。

 それに燃え残った木々。普段は枝を薪にしているけど、そこにあるのは板や角材だ。


「伊那、ストップ」

「へぇ?」

「中に誰かいるかも」


 俺たちが留守の間に誰かが焚き火を使ったのは間違いない。

 きっと寝床として拠点も使ってる。

 もしかしたらまだ居るかも知れない。

 人間なら罠を回避して進むことも出来るだろう。


「誰かって……やっぱり」

「どうだろうな。いないかも。とにかく俺が確かめるから」


 伊那と入れ替わるようにして拠点の前に立ち、玄関を開く。

 リビングに人影なし。人の気配もない。それぞれの寝室や屋根の上、露天風呂も確認したけど、ここを使用した誰かの姿はなかった。


「大丈夫だ、いない」

「ふぅ……」


 ほっと息を吐いた二人。

 下手をしたら人間同士で争うことになっていた。

 一先ず、そうならなかったことに安堵する。


「ここで誰かが寝泊まりしただけみたいだな。俺の寝室に痕跡があったよ」

「盗まれた物とかありませんでしたか?」

「ざっと見ただけだけど、特にないな。あぁ、でも冷蔵庫」


 リビングに戻って冷蔵庫を空けてみる。


「……良心はあったみたいだな」


 冷蔵庫の中身はそっくりそのまま残っていた。

 一応の確認として冷凍庫のほうも見て見たが、出入り口の扉が開かれた形跡はない。

 本当に一夜ここで過ごしただけみたいだ。


「私の寝室、異常ありませんでした」

「私もー」

「盗まれた物はなしか」

「じゃあ罪状は不法侵入だけですねー」

「ここは私たちの土地でもなんでもないけどね」

「どうせ明日には引っ越すんだ、そのくらい大目にみよう」

「はーい」


 知らない間に勝手に使われたことに多少の憤りはあれど、こちらに実害がないならそれほど目くじらを立てることでもない。今は非常時で、緊急事態なんだ。しようがないことだと思って置こう。


「あ、そうだ! だったらもうここを解放しちゃいません? 誰でも使っていいですよーって」

「……それもアリだな。ここはもう用なしだし、誰かの助けになるなら。食糧は全部持っていくけど」

「雨風が凌げる場所があるだけでもかなり違うと思います。良い案ね、伊那」

「えへへー」


 短い間とはいえこれまで過ごしてきた拠点だ。

 解体するのも、このまま廃墟にするのも忍びない。

 だったら誰かに使ってもらったほうがいい。

 それが例え平原エリアの連中であって、こちらに害が及ばなければ好きにすればいい。


「よし、じゃあ看板でも立てとくか」

「名前はどうします? どうぞの家?」

「絵本じゃないんだから」

「意図が伝わればなんでもいい。それでいこう」


 看板にどうぞの家と彫り、その下に誰でも使用可能との旨を書き記す。

 明日、ここを立つ時に立てておこう。

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