第3話 拠点建築
ダンジョンには幾つものエリアが存在する。
樹海、平原、山岳、海原、荒野、丘陵、砂漠、渓谷、火山などなど。
それぞれに異なる環境と特異な生態系が育まれ、まるで一つの世界が内包されているかのようだと言われている。
そのうちの一つである樹海エリアは、その名が示す通り多くの木々によって埋め尽くされている場所だ。
伸びに伸びた枝葉に遮られ、天井で輝く太陽石の光は地上まで届かず、常に薄暗く不気味な雰囲気に満たされていた。
けれど、そんな樹海エリアでも、光の届く場所はある。
拠点候補地、湖のほとりだ。
「いいね」
湖面に立つ
老後はこんな穏やかな場所で暮したいとさえ思う。
その頃には冒険者を引退しているだろうから、魔物の相手をするのは勘弁だけど。
『ハジメちゃんの言う通り、あっちは平原エリアに移動するみたい』
「じゃあ、ここを譲らなくて良いわけだ」
『喜ぶような情報じゃないんだけどなぁ』
「よし、ここに拠点を建てよう!」
ほかの誰にも頼らない自分だけの安全地帯。
この細波の立つ湖のほとりを拠点とし、生活基盤を整えよう。
「先ずは建材の用意からだけど」
『やっぱ木造?』
「そりゃこれだけ木があればな。でも、建材を用意するための手段をまず用意しないと」
『用意の用意?』
「そ。まぁ、見てな」
異空を唱えて異空間から取り出すのは赤ワインのように赤く透明な石。
ダンジョンに流れる魔力が滞留することで生成される魔石と呼ばれる塊だ。
これをナイフの背で砕き、種を蒔くように破片を落とす。
『勿体ない』
「勿体なくない」
魔石一つで数千円の値がつく。
でも、これによって得られるメリットはそれ以上だ。
「クラフト」
魔石の欠片と足元の土を材料として作り上げるのは十体のゴーレム。
魔石の欠片を動力源とし、土を肉体とする小さな働き者たちだ。
これらには簡単な指示を命じることが可能で、例えば薪が必要であれば木の枝を指定してやれば、ゴーレムが自動で収集してくれる。
自身の何倍もの大きさの物を持ち上げ、破損しても元が土なので修復も容易。
これが十体、数千円の価値は十分にある。
『かわいい』
『これ売ってくれ』
『友達できたじゃん』
「ゴーレムが友達は悲しくないか?」
なんてことを言いつつ、十体のゴーレムを引き連れて歩く。ちょこちょこと俺の後を追う姿はカルガモの行進を思わせる愛らしさだ。
「この辺でいいかな」
湖のほとり、景色の良い場所に陣取り、目の前に聳え立つ樹木に魔法を掛ける。
「クラフト」
一瞬にして樹木が角材や木板に変わり、足元に積み重なる。
残ったのは不要な部分で使い道がなく、雨のように舞い落ちる大量の木の葉のみ。
拠点を立てるためのスペース確保を兼ねているため、文字通りの根こそぎだ。
「どんどん行くぞ。運んでいてくれ」
次々に樹木を建材に変え、
『こき使うな』
『ゴーレムちゃんに謝れ』
『給料やれ』
『有給取らせろ』
『私用の内容を聞くな』
『飲み会ダルい』
『上司の鉄板トークつまんな』
「なんか会社の愚痴になってない?」
みんな苦労してんだな。
今まさにダンジョンに幽閉されてる俺ほどじゃないにしろ。
これを言うとコメント欄が荒れそうだから口には出さないけど。
「建材の確保完了。おつかれ。整列して待機」
役目を終えたゴーレムたちが横二列に並ぶ様子を横目に、積み上がった何本分もの建材に目を向ける。
「まぁ、最初は小ぢんまりしたのでいいか」
完成図を想像しつつ、魔法を唱える。
「クラフト」
建材たちはその形状を変え、頭の中の完成図をなぞるようにして組み上げられていく。
釘を用いず建材の噛み合わせのみで建物を成り立たせる昔からの建築術。
所詮は見様見真似だし、建てられるものは職人さんの足元にも及ばないが、魔法の補助のお陰で本物に近づけている。
耐久性と強度はちょっとしたものだ。
「出来た!」
そして立派な掘っ立て小屋が完成した。
『小屋かよ』
『もっと凄いのが出来ると思ってた』
『しょぼ』
『ログハウスみたいなの期待してたのに』
『秘密基地みたいなの作ろうぜ、木の上に』
『見栄えしないなぁ』
「おいおい、みんなわかってないな。これで終わりなわけないだろ?」
『お?』
『ん?』
「これから拡張していくんだ。自分の好きなように。その余地を残してある」
『なるほど』
『楽しそう』
『それでこんなに貧相なのか』
『貧乏臭いと思ったんだよな』
『このちんちくりんがどう変わるのか楽しみ』
「そう見えるように作ったけど貶していいとは言ってないからな!」
自分で作ったものには誇りを持ちたい。
見てろ、立派な建築物にリホームしてやる。
今じゃないけど。
「そうだ、余った建材で家具を作ろう」
イス、机、タンス。靴箱は備え付けであるからいいとして、あとはベッドか。
魔法でそれらをぱぱっと作り、ゴーレムたちに運ばせる。
配置を細かく指示して内装が完成した。
呼ぶ客もいないのに複数個作ったイス。無駄に大きなテーブル、今のところ使う予定のないタンス。布団のない骨組みだけのベッド。
そんなものでも置いておけば殺風景な内装の見栄えがよくなるもので、配置が終わるといい満足感が得られた。
「いいね、ここが居間。あそこが台所で、あっちが寝室。格子窓が残念なところだけど」
『ガラスがあればな』
『いや、ガラスじゃ直ぐに割られるだろ』
『あってもなくても格子窓確定か』
魔物の侵入を防ぐためだ。
あとで使い道のなかった大量の葉っぱでカーテンを作っておこう。幾分か雰囲気が和らぐはずだ。
「ま、上出来だ。建築終わり! いい時間だし飯にしよう」
お待ちかね、アルミラージの肉だ。
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