第4話 アルミラージ肉
あたかも外の世界と連動するかのように、樹海エリアの天井に鏤められた太陽石は、その輝きを陰らせた。
ダンジョンの夜。
陰った太陽石の明かりは頼りなく、闇夜を照らすのは天に昇っては揺らめいて消える焚き火だけ。
小屋の前で火を起こし、ゴーレムたちが朽ち木を焚べる。パチパチと薪が音を鳴らして燃える様子は眺めていて何故か飽きない。
何時間でも見ていられそうだけど、流石に腹が減った。飯の支度をしよう。
なんと言っても今日の晩飯はアルミラージだ。内臓は建築中のドサクサに紛れて抜いておいたから問題なし。
先ずは毛皮を丁寧に剥ぐ。
この時、肉がなるべく残らないようにすれば革鞣しの際にちょっとだけ楽ができる。
この状況下で果たして皮なめしをやるかどうかは置いとくとして。
あとは部位ごとにナイフを入れて切り分けるだけだ。
「解体完了。見ろよ、この肉の並び。これ全部一人で食っていいんだ!」
『美味そう』
『メシテロやめろ』
『食いたい』
『正直羨ましい』
『兎の肉ってどこで売ってる?』
『ちょっと焼肉屋行ってくる』
早速、焚き火の上に網を置き、食べやすい大きさに切ったアルミラージの肉を焼く。
火が通り始めるとと脂が溶け出し、炭化した薪に落ちてじゅわりと音が鳴る。
待ち切れない気持ちをぐっと堪えて焼き上がるのを待つ。
「よーし、もういいだろ」
焼肉はタレ派な俺だけど、持ち合わせがないので塩でいただく。
「いただきます」
網の上から塩をまぶし、口の中に放り込む。
「――うまっ!」
舌で解せるほど柔らかく、噛めば肉汁が溢れ、口の中で旨味が爆発する。
ダンジョンで、塩だけの味付けで、こんな絶品を味わえるなんて。
「まだこんなにある」
一度では食べきれない量だ。
それが堪らなく幸福に思える。
「はー、美味い。惜しむらくはタレがないことだよなぁ」
『ハジメちゃんはタレ派か』
『焼肉には塩だろ』
『塩ダレもいいぞ』
『タレつけるとタレの味しかしないじゃん』
『それはバカ舌なだけだろ』
「こらこら、喧嘩するんじゃない」
派閥争いを制しつつ、焼けた順に肉を頬張っていく。美味い、美味いけど、口に運ぶたびに思ってしまう。
タレで食いたい。
『ギフトが送られました』
「ギフト?」
撮影ドローンから飛び出し、眼の前で浮遊する光球。戸惑いつつも手を伸ばすと、掌の上で弾けて消える。
その瞬間に感じた重量感の正体、それは――
「焼肉のタレ……」
市販で売られている焼肉のタレだった。
『えっ』
『ギフト贈れんの!?』
『エラー吐くぞ』
『こっちからは贈れない』
『なんで焼肉のタレだけ……』
『焼肉のタレも贈れなくなってる』
『一瞬だけ贈れるようになった?』
『運良く滑り込んだのか』
『それで贈ったのが焼肉のタレって』
「いやいや、でも助かったよ。ある意味、一番欲しいものだったからさ」
大抵の物は作れるし。
「早速、使わせてもらうよ。ありがとな!」
異空間から小皿を取り出し、タレを注ぐ。
焼けた肉を潜らせると
もう少しも我慢できない。
急いで口に運ぶと得も言われぬ至福が舌の上に現れた。
「――最高だ」
これ以上ないってくらい美味い。
「やっぱり焼肉にはタレだな!」
『貴様はいま塩派を敵に回した!』
『宣戦布告と看做す』
『よろしい、戦の準備をしよう』
リスナーとプロレスをしつつ、残りの肉を平らげる。
余った分は異空間に放り込んでおけば二三日は新鮮なままの状態を維持できるはず。
また明日、至福の一時を味わおう。
「ご馳走様でした。さて、腹も膨れたし寝るとするか」
火の始末をきっちりつけ、完全に鎮火したのを目視で確認してから小屋の中へ。
戸締まりをきちんとして、異空間から取り出した寝袋を骨組みだけのベッドに敷いてみる。
「……これベッドの意味ある?」
『お気づきになられましたか』
『ない』
『床に敷いてるのと変わらん』
「やっぱり? まぁでも、折角作ったし」
高さが少しばかり上がるだけのベッドのような何かに成り下がったそれに寝袋を敷いて横になる。
予想を裏切ることなく、背中に感じる感触はあまりにも床だった。
「ま、これはこれでだ。よし、じゃあ今日の配信はここで終わり。高評価とチャンネル登録をよろしく!」
『登録した。明日も生き残れ』
『無事に脱出できますように』
『ゲリラ配信とかある?』
「あー、夜中になにかあれば配信始めるかもな。通知を待て」
『眠れなくなったじゃん』
『寝かせろ』
「はっはっは、おやすみ」
配信を切り、撮影ドローンをスリープモードに。残りのバッテリーから計算するに、配信できる時間もそう長くなさそうた。
せいぜい持って数時間といったところか。
この時間を使い切ったら、とうとう本当に一人きりになってしまう。
自分で選んだこととはいえ、すこし寂しい気もするな。
ほかの冒険者たちのところへ合流する気は一切ないけど。
そんなことをつらつらと考えていると、いつの間にか眠っていたようで、ふとした瞬間に物音で目を覚ます。
「なんだ? 外になにか……」
鉄格子の窓からそっと外の様子を覗うと、ちょうど焚き火があった場所に何かがいた。
よくよく目を凝らすと、それの丸くて不定形な輪郭をした体が透けているのが見えた。
あれは間違いない。
「スライムか」
薪に落ちたアルミラージ肉の脂でも舐めているのか?
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